山崎洋子さんのこと

ついこの前の記事で「今のところ大丈夫」とか書いてたのに
只今、不安症キテる最中。

しかし、書きたいことがあるのでめげずに行きます。

7月30日~31日のアートフェスで
どうしてもお会いしたかった方がいます。
作家の山崎洋子さん。
(右のリンク集に山崎さんのブログ「冬桃ブログ」入ってます。)
山崎さんと、vf
会えました。

「“黒天使二人”の絵が好き」だそうで
その上、コラージュ作品まで一点お買い上げ!
↓ こちらです。
ブログ用 幻覚か、思い出か
【“幻覚か、思い出か”  2011年 ミクストメディア B5】

深く感謝してます。

はじめて会ったのは18か19のころ
父のお客さんで私の家にいらしたのです。

当時、私は神経科に通いだす前で
父に対する「家庭内革命」(※)もまだでした。
精神のゆれがひどくて、
ヒステリックに笑ったかと思うと怒りの発作が出る、というありさま。
まあ、まともな日常ではありませんでしたね。

※ 「私を作った父の話」の記事参照

絵は描いていたけど
ひと月に一点できるかどうか。
すでに人物をテーマにしていましたが、
毒々しい色に怨念みなぎる画面で
見るべき作品はありません。
ぶっちゃけ、捨てたい過去です(苦笑)。

で、山崎さんが家に来た時
はじめましてーのあと
その時に描いていた絵を見ていただいちゃったんですね。
よしときゃーいいのに。

山崎さん「怖い」とおっしゃっていました。

そのあとは2010年、私が26の時まで
作品を見ていただくことはありませんでした。

その年まで
私は心身の病気に振り回され、
父との関係が生まれて初めて変化し、
アスペルガー症候群と診断されてこの上ない解放感を得、
うつ病の悪化で丸2年間、自殺を考えながら生き延び、
ノドから原因不明の出血が起こるようになり、
慶応義塾大学を7年かかって卒業し・・・

と、めまぐるしい日々を送りました。

再び山崎さんの前に
作品を披露できたのは
2010年の横浜ヴァージンフェスタの会場でした。

山崎さんは私の絵が「ずいぶん変わったわねえ」とおっしゃり
どうやらそれはよい意味で、みたい。

今年またお会いできるかな?と願っていたら
叶いました☆

山崎さんのたどってきた道は
私のそれが薄口になるくらい濃い。

そういう過去がもたらす
陰や怨恨が、ご本人にまるで見えないので
知った時にはかなり驚きました。

山崎さんがおっしゃるには
私が描く小さな子供のことが
「好きだけど、ときどき辛い」そうです。
 ヒイナの顔
ヒイナとか、

ルビィ
ルビィとか。

私も、大好きなロックバンドの曲を聴いていて
なぜか、かえって悲しくなることがあります。
自分の心の深層に
あまりに深く切り込んでくるのを感じるから。

私が描く少女たちにも
そんなところがあるのでしょうか。

無防備で未開で、何も知らない子供が
いやおうなく放り込まれた現実の中で
人間たちのいろいろな姿を見ていく――

たいていがこういう流れで
ここには自身の姿をかなり投影しているのですが

山崎さんはご自身のことを
「守られない子供だった」と回想しています。

それで、自分のことを考えてみました。
(同列に語ることはとてもできないのですが、つい
わが身に照らし合わせて考えてしまいます)

私には幸運にも、守ってくれる母がいました。
でも、私を取り巻く問題があまりに多すぎて
母ひとりきりでは太刀打ちできなかった。
だから私のほうは、「守りきれない子供」だったのかもしれません。


山崎さんの作品は
文章にじめじめした所がなくて、
感傷的になりがちな内容であっても、すごくカラッとしています。
やたらと「愛」を語らないのに
究極的には人間への愛があることを感じます。


私の望みは、
いつか自分の絵が山崎さんの著作の表紙になることです!

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