プルガダイス、初の年末!(其の一)

これ、なんの写真だと思います?↓

コラージュ2011年0001

これは東日本大震災以来、制作したコラージュ作品の一部です。

そう、一部なの(笑)。
実際にはまだまだ、この倍ぐらいはあるはず。
この写真を撮ったのは9月だから、その後に完成したのもあるんです。


2011年ももう終盤。

一年が早いな~。
(最近、時の流れがはええっ!と思うことばっかり)
でもそのくせ、1年前がものすごく昔に思えたりもするの。


みなさんにとって、今年の重大ニュースは何でしたでしょうか?

3月11日の東日本大震災や
その後のさまざまな出来事・事件を、まず別格とすれば

私にとってビッグ・ニュースは
なんたってブログを始めたこと!!


まさしく、今あなたがお読みになっているこのブログ
「プルガダイス絵日記」。
アスペルガーと共感覚を掛け持ちしちゃってるアーティストが
自分で自分を証言する!
という。

住民たち紹介や、世界観の説明からはじまって
作品出展の記録や
アスペルガー症候群のことや、共感覚のことや
心の病気のことや
ちょいと哲学的に考えてみたことなんかまで
いろいろ書いてきました。


でも考えてみれば、
震災etcとブログは私にとって切り離せない「事件」。

このブログを始めたのは2月なかごろでしたが、
始めてひと月もたたないうちに「あの日」が来てしまった。
だからこのブログは、
“3.11とその後の世界”と
共に歩んできた――と言えるのかも。

私自身、そう決意したのかもしれません。


なぜって、第一波が襲ってきたその日から
「今、感じていることを記録する」ことを決めたから。

私は3月11日から連日、
ブログに「私はこうしています」という記事をUPしつづけ
絵を一点ずつそえました。

余震その他におびえながら
毎日1点描き続けるのはかなり大変でしたが

なんか、取りつかれたみたいになって描いてたなぁ。

決定版 妊婦と男

その時に描いた水彩画のひとつ。
生まれてくる赤ちゃんを思って描きました。


「記録」の全般はこちらをどうぞ→「東日本大震災の記録」



そのときは、何かに役立てようとか
そういうことは何も考えられなかったのですが、
“実況”に近いかたちで
自分の気持ちを記録できたのは良かったと思います。

誰のためにっていうことではなくて、私自身のために。


今、見返してみると
震災は私の作品にも大きく影響しました。


なんかね、震災その他のおかげで(おかげって言葉もヘンだけど・・)
作品の幅が大きく広がってしまったのです。


今まで、油彩ばっかり描いていたのですが・・・


「東日本大震災の記録」でUPし続けたのは水彩画だったし

3月の終わりごろだと思います。
何を思ったかいきなりコラージュ作品を始めてしまった
半年間で50点くらい完成して
自分でもその勢いが恐ろしくなるくらいでした。

冒頭にUPしたコラージュね。

このコラージュは、
2012年1月の個展でずらーっと展示する予定です。
イッキ見のすばらしい機会なので
ぜひとも1月27日~2月4日、
横浜はギャルリーパリにお越しくださいませ!


今、このコラージュ連作を見てみると
やはり震災・津波・原発事故の影響が濃いなあ、と思います。

ふたたび帰ったところ ブログ用0001

上の作品は最初期のものですが
なんだか血の池地獄みたいだし、
水辺の光景とか
世界の終りみたいなイメージとか、たくさん出てくるのです。

それが時とともに、
美しい花を満載したパレードの場面が出てきたりする。

無限の花のパレード ウェブ用0001

こんな風に。


惨禍の「現場」から
鎮魂の「祈り」へと
私自身の心が次第に昇華していったのかもしれません。



あの3月を体験して、
もしかしたら絵が描けなくなるんじゃないか――という危惧は
やはりありました。


ところが、実際には逆だったのです。


キリスト教教育を受けていたせいもあって
もともと“世界の終末”という概念は日常的にありました。
最初にぐらっ!と来た時は
ついにその日が来たのか?と本気で思ったくらいですもん。

だからこそ、こういう声が聞こえたのかもしれません。
「こういう時こそ、お前が抱いていた恐怖や不安を描き残しておけ」と。

(でも誰の声なんだろうね?)


それでですよ、
油彩のほかに、水彩やペンも
もちろんコラージュも使い始めたのは。

天使の絵が大きなウェイトを占めてきたのも
3.11以降のことです。

黄色いバラのルビィ0001
「あの日」によって生まれた天使、ルビィ。


今年はいろいろなところに
作品を展示できまして、
お話を下さった方々や来てくださった方々には
いくら感謝してもしきれないくらいですが

興味深いなと思ったのは
震災前の作品も、震災の後に描いたと思う方がすごく多かったこと

先日、沖縄WAPAに出展した時も
お寺ギャラリーの住職さんが
「2010年に描いた作品なのに、震災を予期している」と
おっしゃっていたそうです。


今年は私にとって
ものすごく記念すべき1年でした。

自分のもっている世界について
たぶん生涯で一番、よく考えた1年だったと思います。
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