『夜と霧』で思い出した話

いま、NHK・Eテレの「100分で名著」
フランクルの『夜と霧』をとりあげています。
それでちょっと思い出したことがあったので
今回はそのお話。

天使(遠)12.8.8.0001
(8月9日に完成した天使の絵)



フランクルはウィーン生まれの精神科医で
ユダヤ系であったために強制収容所に送られました。
『夜と霧』は、その体験をもとに
囚人たちの行動を心理学的にとらえようとした本。



私は10代の終わり~20代初めにかけて
かなり強制収容所の本を読んでいた時期があります。


慶應義塾大学で学んでいましたから、
大学の図書館にいりびたって一日中、顔つき合わせていました。


それはちょうど、自分の過去と本気で向き合い始めた時期と重なります。
向き合ったというと、いかにも悟ったみたいですが
あまりにしつっこく夢や記憶でよみがえってくるので
しぶしぶ向き合わされた、というのが正直なところ。



読んだ本の中には、


体験記から

通史から

その「しくみ」を解説したものから

それを作り、「運用」していた側(ナチスドイツね)の研究もありました。



『夜と霧』も、もちろんその中に入っています。



※収容所に関する本は、もっぱら図書館で読んでいたので
 この記事はほとんど記憶で書いています。
 だから、“私の印象”の方がまさっているところがあるかもしれません。
 そのことをご了解いただきたいと思います。



番組によると、3.11の震災の後
『夜と霧』はかなり売れているとのこと。

極限状態での人間の生き方や、生きることの意味について
考える人が増えてきたためだそうです。


しかし、私が強制収容所について読み始めたのは
震災のような、外部からの圧倒的な出来事にぶつかったためではなく
ただ、自分の内部から起こったきっかけによるものでした。

物ごころついてから、「集団」というものの中で
自分が体験したことや
その時に考えたことや、自分の精神状態などを思い返しているうちに
いつのまにか、そのたぐいの本に手が伸びていました。


ひからび、マヒしていく心のこととか

その心に最後までのこるのは、苦しみを苦しみと感じる力だけだとか

意味を失い、解体してゆく言葉とか

心にふたたび、もどってくる感情の動きとか

でも感情の復活は痛みの復活にほかならないとか

夢でよみがえる過去とか

自殺の危険はむしろ解放された後で高まったとか




いちいち、その通りだ、その通りだと思いながら読んでいました。




中でも、特に印象深いのが
プリーモ・レーヴィの著作です。


彼はイタリア生まれのユダヤ系で、やはり強制収容所の体験を本にしています。



レーヴィは著作の中で
収容所体験が悪夢として日常に侵入してくることを書いています。

その悪夢は二重構造になっていて
夜、眠っているときに
夢の中で「フスターヴァチ(ポーランド語で『起床』)!」の号令が聞こえます。
そして夢の中で目を覚ますと、自分はまた収容所にいる、というものです。
つまり日々の生活の方が夢である、という悪夢です。



ここではもはや夢は「夢」でなくなり
現実の一部になっているのです。
解放されているにもかかわらず、過去が夢となって今に浸食してくる。




なぜ、このことがとりわけ印象深いかというと
まったく同じことが私自身に起こるから。


いっときほどの、連日の悪夢ではなくなりましたが
今でも時々あります。だから過去形で書かなかったのです。
現実の私は眠っていますが、
そのあいだに夢の中で目を覚ますと、また自分は(夢の中では)昔に戻っている。



私が思うに、フランクルよりもレーヴィのほうが
人間に対する見方がシビアな気がしました。


(たとえば、収容所で分かれる“二種類の人々”について
フランクルは“道徳心のある人とない人”、
レーヴィは“生き残った人とそうでなかった人”、ととらえています)


フランクルは精神科医であるだけに、
人間というものを「基本的に肯定する/したい/しなければならない」
という思いが強かったのかもしれません。



機会があったら、むかし読んだ本の色々を
また再読したいと思っています。




収容所について読むきっかけになったのは、もうひとつありました。

神経科の診察のとき、先生に尋ねたんですね
「もっと昔のことをたくさん聞いて、心の分析とかするのかと思っていました」とね。
すると先生が「精神分析は最近ではあまりやらないんだ」とのこと。
で、次のようなことを教えてくれました。


精神分析が医療の場で使われたのは、
もとはナチスの収容所を生き延びた人たちの心を治すためだった

解放されて助かったのに、そのあとで自殺してしまったり
心を病んでしまったり、
そういう人たちの心の中で何が起こっていたのか、それを探れば治療になるはずだった。

でも最近では、手間とお金がかかる割には効果が少ない、となって
別の治療法にシフトするようになった――と。




これを聞いたことも、特に体験者の書いた本を読むきっかけになりました。
うまい言葉が見つかりませんが、
そう、なんか「縁があった」ような気がしたのです。



私は、実在した強制収容所そのものについて語ることは
今はしたくない――というかできない、です。
作品という言葉においても。

それはふたつの、別方向にのびていく思いがあるため。



ひとつには、
自分がそこにいなかったという断絶が、読めば読むほど強く感じられて
その断絶の向こうに見えるものについて語ることがすごく難しいため

もうひとつは、
上のような断絶を感じていながら、
時間的にも空間的にも、まったく隔たったところで
「それ」を作り出したものと似たような人間のありさまを見ているため



リアリティの希薄さと濃厚さ
このふたつを統合することが、今の私にはできないのです。

書いてあることにいくら共感したところで、
それはあくまで「私」の側に起こったことですからね。



ただ、自分の陥った状態が
かなり普遍的なものらしいと分かったこと。
これは大きな発見でした。

私が今でも表現をしていられるのは
この、一種の“連帯感”のためなのかもしれません。





なお、私はいまだに強制収容所の固有名詞(ようするに地名)を
呼ぶことができません。




追加。


私がよく描くモチーフに、“黒天使アッシュエル”なる天使がいます。
彼の造形上のもとになった人は少なくとも3人いますが
そのうちの2人はユダヤ系で、あとの1人はイタリア系です。
顔で好きになって、あとから知りました。
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