「芸存9」のトーク無事終了です

8月18日、
アートイマジンギャラリーのギャラリートークは無事終了です。

芸存8.18外0001



ビルの外にはすでに立て看板が・・・



芸存8.18.画廊前0001

ギャラリーの前。
一番上に私の作品の写真がありますね。



芸存8.18.会場0001

会場。



芸存8.18.ニキのスペース0001

ニキのスペース。




「芸術の存在意義『展』NO.9」の
第三期に展示している作家が、
一人当たり20分ぐらい?の持ち時間で
自作について語り、次いでギャラリー側の批評と質問タイム、という形でした。


風景画が意外と評判よかったですね。
あと、劇画も。
「これはメインの制作にできる!」という人がいました。



その方は画廊の常連らしきお客さん(「先生」と呼ばれているのを聞きました)で
けっこう積極的に批評や質問をしていたんだけど
トークの時間もそのあとも、その人と話がはずんでしまいました。




私みたいな作家はめずらしかったみたいです。



なにせ、
芸大受験生が慶應の哲学科に進んだというのも
型破りなら(そうみたいよ?)
持ち時間の8割くらい自分で喋りまくっていましたので。


美術系の予備校で基礎は学んでいますが
あるとき、そこの先生が言ったんです。

『きみは教えない方がいい作品が描ける。
だから、何も指導しないようにしている。
教えようとして教えられる人ではないみたいだね』と。



芸大に落ちたあと、慶應の哲学科に行きましたが
そこで学んだことはその後の制作にとても役立ちました。

言いたいのに言えなかった、心の中のぼんやりした概念の「元」が
いっきに作品や言葉になって出てきてくれたんですから」


こういうことをお話したら、
「哲学こそ、芸術に必要なものだよ。
芸大におちたのは君にとってむしろ幸運だったんだ!」
と言ってくれました。




トークの間中、しゃべりまくっていたのは
言いたいことが言葉になって出てきてくれるのが嬉しいし
絵では説明しきれないことは言葉で補わないといけなかったんです。

その、「失語の時代」を超えて言葉を手に入れた話とかもふくめ
ほかにお話しした内容は、世界観とか、いつもこのブログとかで書いていることとかのダイジェスト



最近、自分で分かってきたのですが
空想大陸『プルガダイス』の解説をすることが
私の制作態度をそのまま解説することになるみたいです。


カトリックの『煉獄』=プルガトリウムと
『楽園』=パラダイスをあわせた造語
――と言った時点で
世界観のニュアンスはおぼろげにつたわるのです。




画廊のHPに、作家各自のコンセプトが載っていますが
この記事の最後にも、載せておきますね。




そうそう!今回のトーク、
地元の某会社の社長さんも来てくださいました。

いつも展示に来て下さる方なのです。社長さんありがとうございました。


また、お会いしたことはなかったのですが
私の作品の実物を見るために、遠方から来て下さった方も。

ありがとうございました。




以下は画廊に送ったコンセプト。
(読みやすいように、改行等はこちらで変えています)



高校の3年間、美術系の予備校で基礎は学びましたが、
卒業したのは慶應の文学部で哲学専攻でした。アーティストとしては変わり種ですね。

高校時代、すでに自分の描くテーマが「人間」だと気付いていたので、
人間が何を考え・何に悩んでどのように解決を図ったのか、
本格的に学びたいと思ったのです。


描いている人々や場面はすべて、頭の中で「見た」ものです。
現実の世界で見聞きしたことが頭の中で熟成されて、
いつしか壮大な空想世界に生まれ変わりました。

この空想世界を私は「プルガダイス」と呼んでいます。
カトリックの煉獄(プルガトリウム)と楽園(パラダイス)を合わせた造語です。


私は私なりに人間の闇を見つめてきて、
制作を通して人のいろいろな面や救済の形を探究しています。

戦いや宗教のモチーフが多いのは、それが人間の本質、
すなわち悲惨さと偉大さの両方を最も色濃く映し出すものだと思うからです。

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)