劇画『春のはじめ』解説・キャラクター編 ヨリス

しばしの間隔をおきまして、
劇画解説、キャラクター編です。

12.9.29.ヨリス



劇画『春のはじめのころに』は、今年の3月から7月にかけて
ブログ連載したもの。
作品についてはこっちのリンクから入ってみてください↓
http://niki200705.blog.fc2.com/blog-category-13.html


さて。

この劇画には3人の重要な男性キャラがいる、と
まえに書きました。



1人目が獣目
獣目・12.7.310001


二人目が修道院の院長
修道院長12.10.7用


三人目が、このヨリスです。




今回、ご紹介するヨリスは
3人の中では一番「ふつうっぽい」人だと思います。



かたや、獣目のような悪のヒーローがおり
かたや、修道院長のような聖者に近い人がいます。

でも、多くの人がどちらでもないように
ヨリスもふたつのタイプの中間にいます。



私は井伏鱒二の『黒い雨』を読んで
「ごく普通の善人」を描くことに強い魅力を感じたので
ヨリスにもそういう性格が出ているかもしれません。




物語の舞台は、ひとつの国家が崩壊した後
かなりの無法地帯と化している土地なのですが
そういう中で、あくまでも“常識的な人間”であろうとする人。


廃墟の町でヒイナに出会った時
「こんな無法地帯で誰一人殺さずにいられた
それをありがたいと思う」てなことを言っています。

ヒイナはそれを聞いて「どんなにイヤな人でも?」と尋ねますが
ヨリスはそうだと答えるわけですね。



これは、彼のスタンスをよく表している場面です。




ヒイナもここで、今までとはまた違ったタイプの人に出会うわけ。

ヒイナはいままで“イヤな人をやっつけてくれる人”として
獣目にあこがれを抱いていました。
ヒーローとして崇拝してきました。
まわりの人たちが、こぞって彼を頼るのも見てきています。


(逆に、“どんなにイヤな人でも許す人”(修道院長さん)にも出会っていますが
あまりに人間離れした存在で、ただ驚くだけだったかもしれませんね)


しかし、ヨリスはそういうタイプではないということ。
どんなにイヤな人であっても殺してはいけないという考え方
その、通常なら「まっとうな」考えにようやく出会うのです。


ヨリスはライターを手に入れるために
獣目とやむをえず取引しますが、
彼の見かたは冷ややかです。

冷ややかではありますが、同時に
獣目に対する一種のあわれみも抱いています。


アウトローに身を落とすことで生き延びていること、
“弱い人々の恨みをはらす英雄”という地位の危うさなどに対して。


「君は人々の溜飲を下げる役なんだな」
「私に君を責める権利はない」


これらのセリフには、反発とあわれみという
ふたつの矛盾した気持ちがこもっているのです。


15-100001.jpg
第15回より)




彼はやがて警備員の仕事に就きますが
捕まった獣目を助けようという気は起しません。
他人のふり。



もし修道院長だったら、
人々の前に身を投げ出して「この男はただの悪人ではない」と
滔々と弁護したかもしれませんけど――

ヨリスの場合、そこまで徹底した“善の化身”になろうとはしません。


彼はいろいろな意味で“常識的な人”なのです。




さて、劇画解説編では
いままで、メインのキャラを中心に紹介してきましたが
いずれは「悪役・チョイ役・ザコキャラ特集」なんかもやりたいな――と考え中です(笑)。
そのときはまたよろしく!

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