【星と黒煙】制作の秘密

ただいま、銀座のGALLERY ART POINTで展示中の作品、
一部分だけ公開しちゃいます。


nys用部分2013
【“星と黒煙”(部分)  2012年 油彩 F6号】



この作品は、何度もしつっこく書いている(笑)とおり
ブラック・サバスの曲を聞いて「見えた」画像です。
曲は「After All」でした。

かなり不気味な曲でしたが、どうにか作品にできました。
それはまあいいんですが――


ちょうど、夢中になって聴いている時期が
証言文学を読みふけっていた時期と重なったため
両方のイメージがどうもオーバーラップするんですね。


証言文学って、
本ブログに何度か書いてきたプリーモ・レーヴィとかです。
エリ・ヴィーゼルやフランクルも。



もともと、私の音楽の聴き方というのが
一風変わっていて
“自分のトラウマを見事に表現してくれている”ものに夢中になるのです。

ハードロックやヘヴィ・メタルには
人間の悪を見据えた曲が多いし
サバスはその中でも、もはや「古典」。
そして曲も完成度が高く、美しい。
世界観的にも共鳴できるんです。

テーマの面で似通っていても
くっさ~い反戦ソングはどうにも聴く気にならなかったりするのが多い(笑)


こんなやり方で音楽と向き合っているものだから、
私が音楽に熱中するとき
かならずそこには歓喜と同時に、
いくぶんかの恐怖や悲しみが含まれています。

何も考えずに、ラク~に音楽を楽しむことが
どうやら私はできないらしい。


これ、軽く書いているけど
「ただの娯楽」がないわけだから
なかなかキツイわな。


娯楽が同時に精神の自己手術(※麻酔抜き)でしかありえないんだから
なかなかキツイわな。


そして、音楽によって呼び起された古い恐怖が
そのまま作品作りのエネルギーとなっています。



音楽を聞くのもトラウマと向き合うためなら
制作するのだってその克服のためなのです。


トラウマという言葉をよく使っていますが
これは神経科で、心理担当のお医者さんから
ばっちり「使用許可」を得ています。


さて、それでは証言文学はどうか。
結局これも同じ目的なんですよね。

私は子供のころから
いろいろな人間模様を観察してきて
証言文学で語られることの「芽」あるいは「かけら」が
日常の中にばらまかれていることに気付きました。


私はユダヤ人ではないし
私のいた所には殺戮も飢餓もなかったけれど
起こっていたことの質はとてもよく似ています。

一言で言って、
レーヴィが書いていた“異なるものに対する不寛容”ですよ。

状況さえそろえば同じことは間違いなく起こる、
まだ子供だったけれど、私は確信していました。

だから私にとって
証言文学はとても「身近な」ものだったのです。



それだけではなく。


テーマや世界観のみならず
共感覚で「見える」画像・映像も
好きな曲ほど恐怖の記憶を呼び起こしやすいのね。


今回、一部分だけご紹介した
「After All」からの作品もそう。

曲を聞いたとき
真っ白な部屋に天上から黒い霧のようなものが
降ってくる映像が見えました。
そして、壁を通り越して遠くの方で
非常に大きな星か月が一段と白く輝いているところも。

苦悶しながら笑っているようなロニー・ジェイムス・ディオの歌声も
戦慄を倍加させています。
(同じブラック・サバスでも、
『怖さ』でいったらオジー時代よりもロニー時代の方が強い)


証言文学とのオーバーラップを考えると
【星と黒煙】というタイトルも意味深長に思えてきます。
意識してつけたわけではないのですが――



さて。
今回、知り合った方々が
何人も会場に足を運んでくださっていて
嬉しい限りです。
「New Year Selections2013」の会期は2月1日まで。
日曜日はお休みなのでご注意を!

みなさん、どうぞおいで下さいね!
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