花シリーズ再開の予感

10年くらい前に
“花の絵”シリーズを描いていた時期がありました。


花と言っても幻想の花です。
写実とはひとあじ違ってね。


花13.4.8.
(これは最近スケッチしたもの)

そのシリーズに再会の予感でございます。



こちらはまえにご紹介した作品ですが
昨年11月に、太子堂の「KEN」での展示に出展していました。

水中の花 12.11.210001


それが意外と!好評だったし
テーマとしてももっと追求していいんじゃないかな、と
最近思ったのです。



花の絵というと
そのイメージはわりと確かではないでしょうか。


日本画の花鳥風月とか、
油彩だったら花瓶に生けた花束とか――

いずれにしても、綺麗な、可憐な、という形容詞で
語られることがふつうみたい。


でもここで描くのは幻想の花。
そういう既存のイメージとは
ちょっと違った花の姿をお届けできるかと存じます!




花って
よく考えれば不思議な存在ですよ。

だってあれ、植物の生殖器官なんですから。

生殖器官がこれほどの大きさに発達し
しかもその色や形ゆえに賛美される――
なんて生き物は、ほかにないはずです。




だってそうでしょ、
動物だってまして人間だって(笑)
いちばん先に生殖器を見て「あら素敵!」なんてことは・・・
まああまり聞きませんね。
まったくないとは言いませんが(笑)


動物のばあい、
異性を引き付けるアイテムは
生殖器とべつのところにあるパターンがほとんどです。

たてがみとか羽根とか、歌声とかね。


人間のばあいは脳が発達しているから
そのあたりはもっと複雑。

誰かに魅了されるとき
重要になるのは学歴とか、財産とか、能力とか
肉体からも離れていくことが多い。
一目ぼれにしたって、
すぐに目につくのは顔とかスタイルとかでしょう。

生殖器が問題になるときまでには、
必然的にいくつかの段階を経ているのです。
(第一、人間って服を着ているし)

というか、
そもそも人間において生殖器の審美性なんてあるのかな!?
問題になるのはむしろ機能じゃないでしょうか。



花のように
生殖器だけが審美において大きな割合を占めている、
しかも機能ではなく外観によって――
ということは
やっぱりほかにないようです。


それはもう、純粋に構造的なちがいなんですね。
花は構造の点で
ほかの生物とは大きく違っているのです。



動物でも人間でも
生殖器がふだんは目につきにくい状態にあります。

それに対して
花は生殖器そのものが美しい色や形を持ち
まっさきに目につく構造を持っているのです。

そしてそれゆえに愛され、賛美される。



こんな生物はほかにありません。




たとえばですよ、
人間が外でそんなカッコしてたら
それはそれは大変です。

理想の相手どころか、おまわりさんが来ちゃいますよ(笑)。



逆に、いくらでっかい花束を持っていたって
それで警察の御厄介になることはありません。

花束を持っていて「ワイセツ物陳列罪」なんて
アホなことにはならない(笑)。

なったとしたらすごいよね。
ベタな近未来小説の世界だわ。




そう考えると
花というものの意味合いがまた変わってきます。

あれは子孫を残して
遺伝子によって生き残ろうとする、
おそろしいまでの生命力のかたまりなんですね。

ユリの花のめしべは
花粉をくっつけるために、
先の方にねばねばした粘液をためています。
それがほとんど垂れて滴り落ちそうになっているところなんか
なかなかの迫力ですよ。

花は実際
その形から女性器のシンボルとしても扱われてきましたし。



花の性的な意味について
つらつらと書いてきましたが
もちろん、このほかにも
「花」というモチーフの意味性はとてもたくさんあります。

祝祭のイメージから、追悼のイメージまで。
もちろん、だれかに捧げるものでもあります。


10年もブランクがあったので
私自身、どういう作品群になるかはまだ未知数。
いずれ、出来上がった作品は展覧会でご披露いたします!


なお、今回の記事を書くにあたっては
敬愛する故・澁澤龍彦氏の著書を
だいぶ参考にさせていただきました☆

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