生まれちゃってゴメンね♡

病状のご報告記事を書いてきましたが
今回は特別に母の日なので母ネタを。

以前、私の誕生日の記事に
「最近になってよーやっと、
誕生日がめでたいと思えるようになった」


と書きました。


それでいただいたのが

「あなたのお母さんはあなたを生む時に
大変な苦労をしたんだから、感謝しなきゃ」

という言葉です。


もちろん、そのことは知ってます。
あとで書くとおりに。

知っているからこそ、
なおさら「生まれてきたことの意味」を
自分で問わなければならなかったのです。


「そういえばそのことを書いてなかったなー」
と気付いたので
いい機会ですから書いておこうと思います。




母が私を生む時に
どれほど苦労したかというと

超難産の上、
妊娠中に母子ともども
二回、生命の危機に直面しています。


まず妊娠初期に卵巣のう腫で
大手術をやりました。
このとき、胎児を犠牲にするのはやむをえないという
診断だったそうです。

胎児を犠牲にしてでも
母体を助けなければならない状態だったから。


これは父から何度も聞いた話です。
それくらい危険だったということなんでしょうね。


にもかかわらず、母子ともに生き延びました。


その後も決して楽にはならず
妊娠中もつわりがひどかったそうです。



妊娠後期には子宮の中で
胎児が真横になっていて
今度もまた出産があやぶまれたそうです。

胎児が真横になるというのを
「横位」と呼び
これは逆子よりもタチが悪いんだとか。

逆子は胎児の頭が下向きにならないこと。
これは出産のとき困るそうです。
死産の危険も高いし、母体にあたえる負担も大きい。

その逆子よりももっと危なかったそうです。


ところが出産間近になって
ある時とつぜん頭が下を向いて
ふつうの姿勢になったんだとか(!)


いざ出産というときになればたいへんな難産。
子宮口がぜんぜん柔らかくならず
これじゃ赤ちゃんが出てこられない!という状態。



ほんとにね、
母の妊娠とお産の話を振り返ってみると
「生まれてこない方が自然じゃん!?」というぐらいのものですよ。



結果的には生まれてきましたけどね。

だから今、こうしてこの世にいます。



ところが話はまだつづくのさ。



これだけの苦難を乗り越えたんだから
きっとこの子を産んで
良かったことがあるに違いない――と

まあ、人間だったらだれしも
そう期待すると思います。

ところがね。



そうやって「生まれてこない方が自然」というぐらいの
危険を乗り越えてみたら、

生まれた子供は発達障害で
地球に落っこちてきた宇宙人みたいな思いを
ずっと抱えて生きなけりゃならなかった。



当時は発達障害なんて
ほとんどだれも知らなかったから、
そんな子供の問題を
「母親の教育のせいだ」とみなされてきました。

だからなんとか、
その子が“人なみに”振舞えるように
けんめいに指導を重ねました。

学校との連携もとりつづけて。



それでもその子は“人なみに”なりきれません。

相変わらず、
できの悪い人間型ロボットに社会生活を教えるような日々。


その子が発達障害だと分かったのは
例のお産のあと、
じつに23年もたってからのことだったのです。



・・・どうです(笑)。



これだけのことがあれば
誕生日の意味が微妙になるのも
ムリないと思うんだけど。



『生まれてこない方が自然な』くらいの危機を乗り越えて
どうにかこうにか出産したら
生まれた子供が発達障害(+重度のアトピー!)。


母は苦労して私を生んで
苦労して私を育てました。
そして、生まれてきた私の方も苦労しましたよ(笑)。


何のためにこの苦労があるのか?という問いかけは
ごく自然に
何のために生まれてきた(生んだ)のか?
という問いかけに結び付きます。


「生まれてきた意味」なんて
ほんとうはないのかもしれない。

でも、なかったらなおさら
自分で作り出す必要があったんです。
生まれた本人である私が。


母の苦労も私の苦労も
ただ無意味にあるだけだったとしたら
そんなことは許せない!と思うから。



私がアーティストになった理由の根本は
いくぶんかはそこにあります。

自分の抱えるトラウマや恐怖、悲しみなどを
アートの形で表現できるようになり
その作品への評価もすこしずつ得てきた。

それは私が「生まれてきたことの意味」を
獲得していく道であり
同時に「母が私を生んだことの意味」を
獲得していく道でもあります。




今でも決して楽ではないです。
母も年とったし
私も発達障害が消えたわけではありませんから。


でも、進むべき道が見えてきたし
暴風雨のさ中は過ぎたので
たまーにネタにしています。


私は「お母さんに苦労させるために
生まれちゃったみたい」
と言って

母は「あなたに苦労させるために
産んじゃったみたい」
と言って。


私は「生まれちゃってゴメンね」と言って
母は「産んじゃってゴメンね」と言って。


で、「あら、同じね」と
2人でけらけら笑ってました(笑)。

コメント

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Re: タイトルなし

鍵付きコメントの方へ。

コメントありがとうございます。
一度、自分が生まれてきた理由に疑問を持ってしまうと止まらなくなるみたいです(苦笑)。
そういうときには自分で問い直すしかない。

そして私からぜひともお願いです。
私から言うまでもなく、すでにお分かりのことかもしれませんが。
自分のお子さんに「生まれてきてありがとう」と思っていらっしゃるとのことですね。
どうか、その思いを行動で示してあげて欲しいと思います。(*^_^*)

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