私が生き延びた理由(わけ) 2

さて、前回の続きです。


自殺予防のために
「命の大切さを教える」授業とか、ありますよね。
新聞にもよくのってます。

そういう授業を受けた人(子供)が
自分の命を本気で大切だと思うことができたら、
それは効果があったということでしょう。

その可能性はないとはいえません。


ただ、私が考えるに
「命の重さを実感する」のみならず
「命の軽さを実感する」こともまた
人を自殺から遠ざける理由となりうるんです。





私は昨日の記事に、次のようなことを書きました。
「私が死ななかった理由の一つは、
 死んだところで望むような反応が得られないから」
と。



自分が死んでも意味はない、と考えるのは
すなわち自分の命の軽さを感じるということ。



私のブログには
ときおり強制収容所のことがでてきます。

それは私が人間観察をしてきて
日常の中にもまた、
収容所と似ている現象をいくつも見つけたから。

今回もひとつ、例を見つけました。



強制収容所で自殺が起こりにくかった理由の一つが
まさにこの心理状態なんだそうです。


つまり、
“自分が死を選んだ場合に
 他の人が関心をもってくれること”、
それがまったく期待できない
からだそうです。

誰かが死ねば
その分、他の誰かが生き延びるだけ。
悲しむ人の存在など期待できないのです。


自殺というと個人的な問題のようですが
実はきわめて強く、“周りの人たち”と結びついているのですよ。





私がどうしても考えてしまうのは、
死を考えている人に「命の大切さ」を説いて
果たして通じるのかしら――
ということです。


だって、実際に自分の命が大切にされていたら
そもそも死ぬことなんか考えないでしょう?

自分の命が誰かから、
あるいは何かから軽んじられているから
死に接近するのではないでしょうか?

そのつらさに耐えかねて、とか
命を軽んじている相手に抗議したくて、とか。


命が本当に大切にされているなら
死にたいとか思わないのではないかしら。




これは何も、
当人の命だけにとどまりませんよ。

大切であるといわれている命が
実際にはちっとも大切にされていない――
その実例は、普通にしていたって耳に入ってくるんです。

直接に体験しなくても、情報で(ニュースとか)。


そういう、無数の実例を見てしまって
「本当はなんなの・・・」と
ショックを受けることだってあるでしょう。

まして、自分が体験していることと
類似点を見つけてしまったら、なおさらです。



もっとも、
こういうショックの受け方は私だけなのかもしれない。
私は子供のころに、これをいやというほど実感しましたが
ここまで思考が広がってしまうのは
私独自の感性なのかもしれません。

自分の体験をもとに書いているから、
あまり普遍的ではないことも入っているかも。

まあ正直なところ、
こういう苦しみ方をする子供は
いない方がずっと喜ばしいですが。



ま、それはともかく――
「命の重さ」ではなく
「命の軽さ」の方を実感してしまっている人の話です。



そういう状態にある人に
「命は大切だ」と説いたとしても
ああそうなのか、と思うことができるのでしょうか?


どうしても分からない。


「命は大切だ」と説くべき相手は
命を軽んじている側であり、
その被害者=軽んじられている側ではないと思うのは
私だけでしょうか・・・


それとも、
命を軽んじている側は
特定するのが難しいから、
とりあえず、軽んじられている当人に訴えるのでしょうか。



私だったらむしろ
「それじゃ死にたくなって当然だ」と言われた方が
はるかに楽になりますよ。
その言葉だけで、逆に生きていけるくらい。

だってそれは、
命が軽んじられていた現実を
はっきり認識してくれる言葉だったから。

(私の出会った神経科の先生は
 本当にこういう反応でした)



死を考える人の心理は
100人いれば100通りあるでしょう。

だから、「これが効果がある」とは
おいそれと言えないのですが・・・




最後に一つ。


私は「自殺した人間は神から罰せられる」という教えが
どうしても納得できないのです。
(神でも仏でもいい。
 多くの宗教で「自殺は罪」としています。)


自ら死を選んでしまった人の多くは
実は“殺された人”ではないでしょうか?

手を下すのが本人自らであっても
そうさせたのは別の誰か、あるいは何かです



神や仏が全能であるなら
死を選んだ人の苦しみや葛藤まで知っているはずです。

罰するべきは死を選ばせた側であり
死を選んでしまった当人ではないと思います。


いや、神が存在するかどうかというのは
このさい問題ではないんです。
そういう教えがある、ということが
私には耐えられないんです。



こんなバチ当たりなことを書いて
私は神様に怒られるかもしれませんね。

でも、私自身
死の誘惑をはねのけて生きてきた人間なんですよ。

何度も死ぬことを考えながら
それでも生きてきたんだから
このくらい大目に見てほしいです、神様(笑)。
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コメント

No title

もう、かつて無いほど共感させて頂きました!!!

私も、ニキさんに比べれば遥かにヌルい悩みでしたが、いろいろ悩んで苦しかった事はあります。
その時も、自分の命の軽さが恐くて死ぬのはやはり恐かったです。
まあ家族は泣いてくれるでしょうけど、よっぽど親しい友人も悲しんでくれるでしょうけど、まあまあの友人は「え?死んじゃったんだ・・・ふ~ん」ぐらいで終わりで、また淡々と自分とは関係無い日常になる、と思うとゾっとするというか。

「命の大切さを教える」なんて授業とかお話は私も聞きましたが、残念ながら効果は無いと思います。私もほとんど記憶に無いですし、大抵の人はそうだと思います。「軽さ」の方が人には響くと、私も思います。

「自殺した人間は神から罰せられる」という思想は、キリスト教圏はそうなのかな、と認識してます。
日本の宗教観だと、切腹とか自殺の作法、文化があるように、むしろ「自分で自分の命を終わらせれるのは、不慮の事故とか病気で死ぬよりは良い事」ぐらいの価値観だったのかな、と。

ただ、今現在自殺してしまう人は、大きな不幸を背負って生きるのが辛くなりすぎた人、つまり殺されたも同然の人、というのは私もそう思います。
いじめを理由に自殺してしまった子供とかのニュースを見ると、これはいじめた側は殺人と同等に罰せれないものなのか、とよく思います。結局ほとんど加害者側は何食わぬ顔で責任も問われず生きていけてるみたいですし。

そういう意味で、「自殺した人間は神から罰せられる」は私も納得はいきませんね。

前のコメントなんですが・・・『目的と達成感と快感を得るためにエネルギーをついやすことに疲れ果てて
死にたい』みたいな感覚もちょっと共感できます。
「何のやる気も出ないウツ」な状態ってそれに近かったです。ただ、自分の場合は死にたいってよりも、とにかく何もせず、何も考えず、動きたくない!なんていう起きてるけど寝てるみたいな状態になってたので、それはどうなんでしょうね・・?生きようとは全然して無いんですけど、死のうともしてないというか・・・。

かつてないほど共感してしまったので、かつてない長文になってしまいました。失礼しました。(笑)

No title

昨日幼馴染が57歳で病で亡くなりました。子供がまだいて 心残りだったと思います。
友人が勤める役場で先週40歳の中間管理職が自殺で行きました。
どちらにもいえるのは 現世に残した家族の事 心残りだったと思います。
私は学生時代仏教勉強でしたが 高野山 あの高野山が7億円デリバティブで失敗。
大本山の僧侶が 資金運用していたのも驚きですが 高僧が皆で運用資金が上がるように弘法大師に祈願していたと思うのですが 運用に失敗。
ということは 弘法大師にお願いしても駄目 ということは神仏は実際ご利益無し。

Re: No title

viragooさん
喜んで自殺した人はいない、という言葉を聞いたことがありますが
おそらく実際にそうなのでしょう。
なにかから逃れるために死をえらんだとしても、
それはギリギリに追いつめられたからであって
自分からそうした、とはやはり言えないでしょうね。

神仏にすがること、結局は気休めなのかもしれませんね(苦笑)。
でもいったん近づくと忘れられなくなる。
私がここまで自殺=罪、という教えにこだわるのも、結局は忘れられないからでしょう。
なかなかやっかいな存在です(笑)。

最後に、お友達と役場の方のご冥福をお祈りいたします。私は会ったことのない方ですが・・・

Re: No title

> もう、かつて無いほど共感させて頂きました!!!

よかった!共感してくれる方がいて!
真剣ゆえにシビアなことを書いてしまったため、果たして同じことを考えている人がいるかどうか
けっこう不安だったものですから(笑)
力をもらえました。ありがとうございます。

「命の重さ」を伝える授業や集まりは多いですが、「実際には命が軽く扱われている」ことを
伝えることは、あまりないような気がします。
そこからかえって、「こんなに軽く扱われてたまるか」と奮起するパターンだってあると思うんですけどね。
伝える側がそういうことは信じたくないのかな、と思ったり。

kotatsuさんもうつでしたか・・・私も持っているので分かる気がします。
あれ、本当になにも動けないんですよね。
死ぬのにも体力がいる、ということがよく分かる体験でした(苦笑)。

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