天使が姿を見せたなら? 2

さて、前回の続きです。

こちらの絵は、数日前にできあがった天使の絵。
天使、13.6.2.0001

マア天使と言っても、
オーソドックスな姿とはだいぶちがいますね(笑)。



私オリジナルの、
爆心地/グラウンド・ゼロの天使像です。


ときどき、自分で考えてみるんですよ。
なぜ、こういう天使がモチーフとして確立したのか。

ことに3月11日の震災の後
この天使の作品が飛躍的にふえているんです。



前回の記事では
エンジェル・セラピーの本について書きました。

それによると、天使が姿を表す時には
やはりオーソドックスな光や虹の姿をとるみたいなのです。

さらにそこから発展して、
本当にそれだけなのかしら?――というお話も。



私がこんな記事を書いたのは
自分の描いている天使が
やっぱり正統的な信仰では「ありえない」姿だから。

そしてそういう天使像に、かえって救いの形を見出しているからなのです。



ここでさっきの
「なぜ、こういう『ありえない』天使を描くのか」になりますが

果たして、なんの苦しみも知らない存在に
人を救うことができるんだろうか?


――これが私の素朴な疑問です。



天国には悪の影もない。苦しみも悲しみもない。
そういうところにいて、善と光しか知らないとしたら
果たして人間の心の中まで踏み込んでいけるのでしょうか。

人間が生きているこの世界は、
どう見たって悪に満ちています。
人間の心だって弱くて、罪に満ちていますよ。

天国より地獄の方がリアリティがありますものね。


もし一度、天を離れて
地上の苦しみを体験しつくした天使がいたとしたら
きっとすばらしい救済の天使になると思うんだけどなぁ。


神に絶望するのは罪だといいますけど、
そういう人の心が理解できてこそ
本当の「神と人との仲介者」じゃないかしら。


こんなことを考えているから
冒頭にあげたような天使ばかり描いているんでしょうね、私。



私はこれでも、子供のころにはキリスト教にどっぷりつかっていました。
その影響は今でもはっきり出ています。


それにしては言いたいことを言わせてもらっていますが(笑)、
それはおそらく、私がまだ正式に信者ではないから。
だからこそ考えられることだし、描ける絵なんでしょうね。




そうそう、澁澤龍彦氏の著作『秘密結社の手帖』に
すごく印象に残っている記述があったので、ご紹介。

イスラム教の、シーア派の、異端の、そのまた分派に
ヤズィディス派という宗派があるそうです。


※シーア派:イスラム教の少数派。
      多数派のスンニ派に対して全イスラム教徒の1割を占める。


この宗派の経典は『啓示の書』と『黒の書』のふたつあって
主に堕天使サタンについて述べているそうです。

で、それによると
サタンは堕天ののち、神の許しを得て、
世界の運行を管理する役目と、人間の魂を解脱に導く役目とを与えられた――

というのですよ。


察するまでもなく、
キリスト教はもちろんのこと
正統派のイスラム教にとってもかなりのトンデモ説になるのでしょうね。



しかし。


私はこの教えが、救済という点において
非常に興味深い説だと思います。



一度、地獄を味わった者でなければ
人を救うことはできないということでしょうか。



人間においてもよく言われることです。

辛い体験を経た人は、
自分と同じような体験を持っている人の
心の中まで入って行ける。
だから、本当の意味で人を救うことができる・・・と。



ただ、人間の場合
ここまで到達できる人は実際、少ないですね。

たいてい、辛い体験がトラウマになって
心がねじくれてしまうはず。
そこから“だれかの救済”にいたるまでには
それはそれは大変な心の鍛錬が必要です。

自己愛と怨恨のドロ沼からぬけだすだけで
何年かかるか分かりません。



でも、これがもし人間以上の力をもったものであるなら
こんな面倒な手続きはいらないのではないでしょうか。

地獄から抜け出したらすぐに、
ほかの人間を救うことへとシフトできるはずです。



「ヤズィディス派」について
ネットで語句検索して見ましたが、
くわしいサイトは見つかりませんでした。

ただ、よく似ている名前で「ヤズィド教」というのはありましたから
こちらが正式な名前なのかもしれません。

『黒の書』や『啓示の書』を示すとおぼしい言葉もありました。

残念ながら、見つかったサイトのほとんどが
英語で書かれていたので
確認するためにはそれ相応の時間と手間が必要になりそうです。


どなたか詳しい方、いらっしゃいますか?

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