グリム童話のこと 3

はい、第三回目です。
今回は「封印された話」について考えてみました。


その前にまず、第一の前提。


はじめのころに書いたとおり
グリム童話集はグリム兄弟が編纂した、民間伝承です。

民間伝承ということは
口伝えで伝えられていく間に
エピソードが追加されたり、似たような話のバリエーションが生まれたりする
ということ。

私が持っているグリム童話は
第七版=完全版のためもあってか
ハッピーエンドが確立しているものが多いです。

そこに至るまでのエピソードには過激なシーンがあったりしても。




この『グリム童話集』は
全部で5冊までありますが
物語に一定のパターンがあるものも多いことに気付きます。

比較的長いストーリーを持った冒険物語に
このパターン化がよく見てとれます。

“主人公が旅に出て、さまざまな冒険や苦難を乗り越えて幸せをつかむ”
というもの。

ラストの“幸せ”は、
だいたい財産を手に入れるか、結婚するかの形でおとずれます。
あるいはその両方。


主人公が女の子の場合、
旅に出るきっかけは親のいじめであったり
姿を消した恋人を探すためだったりします。

恋人が姿を消す原因もまた、
女の子をいじめていた親とその仲間――というパターンもあります。

恋人が魔法にかけられていることも多く
女の子が旅の途中で
その魔法を解く方法を聞きます。
そして苦労の末に恋人は救われ、2人は結ばれます。

婚姻の席上で、2人を邪魔した者が罰せられることも多くみられます。




さて、ここで第二の前提に移ります。

グリム童話に集められた話には
時にハッピーエンドが追加される前の姿があったりするのです

それは終わり方があまりに唐突で
「え、これだけ!?」という反応しかできなかったりします。



たとえば「赤ずきん」。
グリム童話バージョンにも十分、過激なシーンがあるのですが
原型であるシャルル・ペロー版はもっと荒削りです。

澁澤龍彦がペローの童話を翻訳した
『長靴をはいた猫』に入っていた話では、
赤ずきんちゃんは狼に食べられたきり
誰にも助けてもらえないのです。


こういう結末によって、
「若い女の子は、悪い男にひっかかってはいけません」
という教訓を表しているんだそうです。




前提二つを書いたので
ようやく「封印された話」のことに移ります。


『完訳版』グリム童話のほか
封印されたグリム童話の本のことにも触れてきましたが
その、封印された話のなかに“何でも切れるナイフの話”があります。
確かではないのですが、「小刀を持った手」とかいうタイトルだったかも?


こんな話です。
(例によって記憶だけで再現します)




あるところに、醜い母親と、同じように醜い2人の息子がいた。
末っ子の一人娘だけは美しかったので、母親と兄二人はいつも彼女をいじめていた。

娘は毎日、山に行って
燃料を切り出してこなければならなかったが、
恋人のエルフ(妖精)が何でも切れるナイフを渡してくれるので
何なく燃料を集めることができた。

ところがある時、
娘がいつも仕事を早くすませることを怪しんで
兄二人が娘を尾行した。

エルフと、何でも切れるナイフのことを知った兄たちは
娘からナイフを取り上げ、
エルフをだましておびき出し、その手を切ってしまった。

エルフは娘が心変わりしたと思いこみ
二度と姿を現さなかった。





これだけです。

これで終わりなんです。


「封印された話」には
残酷ではあっても、ストーリーとしては完結しているものも多いですが
これは終わり方があまりに唐突であり
尻切れとんぼの印象をぬぐえません。


そこで、この“なんでも切れるナイフの話”について
考えてみました。


私が考えるに、
これはグリムの“よくあるパターン”の前半だけが残っている印象です。
古風な物語が
エピソードを追加されずに偶然そのまま残ったのかもしれません。


●子供が複数いる家庭で、親が美しい娘をいじめる
●娘の恋人が姿を消す


これらの設定は、残されたグリム童話の中にいくつもあります。



それで、この話の後半を
残された話のパターンにしたがって推測してみましょう。



まず、おそらく娘が家を出ることになるでしょうね。
母親と二人の兄に追い出されるか、
事情を察知してみずから逃げ出すか。

次に、娘は恋人のエルフを探して旅に出るはずです。
その間にさまざまな紆余曲折があり
エルフの手を治す方法を誰かから教わることでしょう。

そしてエルフを探し出し、
娘の愛情にいつわりがなかったことが証明され
2人は無事に結婚するのではないでしょうか。

ついでに結婚式の席に
例の母親と兄二人も招かれ
グリム童話特有の(笑)方法で処罰されるかもしれません。




まあ、これはあくまで私の推測です。
実際にはこの後半は欠けているままです。

でも、そうそう間違った解釈だとも思えないんですよ。

グリム童話の筋、
ことにハッピーエンドに至るまでの筋は
最初に書いたように、実はけっこうパターン化されているので。


こうやっていろいろ考えてみるのも
民間伝承を味わう一つの方法なのだと思います。

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