ホラーの季節に考えた 其の五

第五弾、前回の続きです。

映画『エスター』漫画『赤ん坊少女』(By楳図かずお)の
類似点について書いておりました。

あ、『エスター』の公式HPがありましたよ。

http://wwws.warnerbros.co.jp/orphan/



さて。
二つの作品を思い返して私が思ったのは
「やっぱり楳図さんは偉大だな~」ということでした。


『赤ん坊少女』の方が、作品として深みがあるんです。
もちろん『エスター』だってよくできた映画ですし
好みの問題なのかもしれませんけど――

楳図さんの作品では“脅かす側の心理”がしっかり描かれているんです。


タマミもエスターも自分の意志とは関係ないところで
異形の姿を強いられてしまっているんですね。
『赤ん坊少女』の中では
タマミのそういう悲しみが随所に出てきて
それが作品のドラマ性や恐怖に深みを与えています。

あこがれている男の子が来るから、と化粧しても
気味悪がられるだけで
「こんなにお化粧したのに」と嘆くシーンとか

鏡の前でおめかししてみても
ちっとも美しくならないので
一人で泣いているシーンとか。


『エスター』の場合、
主人公の秘密を最後まで明かしてはいけないからでしょうか。
エスターの心理が描かれることはあまりないのです。
(彼女が一人で荒れたりするシーンはありますが、
その理由が明かされないので「??」という感じなのです)

そのせいか、
どうしてもエスターが“怪物”という点ばかり目立っているような。



楳図かずお路線で行ったら
エスターだってただの怪物ではないはずなんですよね。


だから「少なくとも7人殺した(人数あってたかな?)」というのは
ちょっと設定上行きすぎではないかなーと思います。
なんかね、
むりに彼女を「怪物」に仕立てているみたいで。



“異形の存在に襲われる普通の人々の、恐怖と反撃”
ホラー映画(というか、ホラーと呼ばれるもの全般)の定番ですが。

“異形の姿に生まれてしまった存在の、孤独と悲しみと絶望”
の方だって、重要なテーマになり得るはずなのです。

エンターテインメントの中でそれを表現するのは
もしかしたらとても難しいのかもしれない。
怪物の心理にシフトしすぎると
今度は邪悪さが薄れる危険があるし。
なんだかかわいそうに思えてきてしまってね。


だからこそ、両方とも表現しきった楳図さんは
やっぱり偉大だと思うわけです。



そうそう、ここからは余談ですが。

前回の記事を読んだ方が教えてくださったんですけどね、
日本語吹き替え版で、エスターの声が
クレヨンしんちゃんの声と同じ声優さんだったそうで・・・笑

↑思わず文字拡大

まさか眉毛の形からの連想ではあるまいな。

思わず見てみたくなりましたよ、
エスターがしんちゃん風に
「オラ○○だぞぉ~」とか言ってるところ・・・。

そして、養母のケイトが
野原みさえみたいなキャラだったら
エスターもあそこまで暴走したんだろうか、なんて。
てか、そもそも養子をもらおうなんて思わないかもね!
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コメント

No title

確かにエスターは「哲学」はあまり無いですよね。
感想は「あ~恐かった」で終わりですよ。

ホラーに哲学が入ってる楳図さんは凄いですねぇ・・・

「異形の姿に生まれてしまった存在の、孤独と悲しみと絶望」、そんなテーマの作品、結構あったようには思います。
でも、やっぱり、これをテーマにすると、ホラーでは無くなってるような。

Re: No title

さっそくのコメントありがとうございます(^^)

実は「フランケンシュタイン」の原作(メアリー・シェリー著。作者は女性!)がそういう作品です。
映画のイメージが強いですが、原作ではとても崇高で悲しい存在なのです。
人間への愛情を持って生まれながら、醜い姿のために迫害されるばかり。
その孤独と絶望から、自分を作った博士(フランケンシュタインというのはこの博士の名前の方)の親しい人を次々と襲ってしまう・・・という内容でした。

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