卒業しても生きていた話 2

自殺予防週間は
9月10日~16日だったそうで。

※内閣府のページがありました⇒http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/week/h25/tokusetsu/


それに合わせたわけではないのですが
書きたいことができたため
前回に引き続き書いております。


成人してからの、自分で死んでしまう危険は
とりあえず今に至るまで避けることができています。
今回は、おそらくその
“避けえた要因”の1つらしいことについて。


母と約束していたことがあったんですね。

それは
「大学の卒業式に出席するまでは死なないこと」。

私もこのことだけは、心に誓っていました。
何か大きなことをやりとげたら
心境も変わるかもしれなかったから。



私は当時、慶應義塾大学の文学部に在籍していまして
それも通学制よりも難しいと言われる、
通信教育課程だったんですね。
おまけに文学部の中でも
どうやら一番難しいらしいⅠ類(哲学科)。

一説には卒業率5%とも言われていました。

予定よりも長い時間をかけてですが、
やっと卒業のめどが立ってきていたから
途中で投げ出すことは
どうしてもできなかったのです。


入学する前から
あるていど予測、いや覚悟していたとおり
慶應の哲学科といったら相当な難しさで。
卒業率の低さも大いに納得できました。

哲学科と言っても
まず土台として、すべての学問にわたる基礎知識が
必要になります。

哲学だけでも一種類ではなく。

「哲学」という科目はもちろんありますが
さらに「哲学史」が別にあり、
「科学哲学」というのもありました。

そのほか、歴史や思想史はもちろん
生物学や地理学まで学ぶ必要があるのです。

なぜそんなに必要かって、
哲学というのは「人間の歴史において考えられてきた諸問題」の
集まりであるため、

●特定の時代についての知識
●その時代の主な思想
●その時代の政治形態
●歴史の中での位置づけ



などなどについて、全般的に知らないと論じられないからです。

(たとえば、一見哲学とは無縁そうな
 生物学や地理学にしたって
 ルネサンス以降の、自然に対する考え方と無縁ではないわけです)



それぞれの科目に課題があって
レポートと科目試験の双方に合格しないと単位がもらえない。
その単位が一度に2個とか、かわいいもんでね(泣笑)。

卒業までに120単位(卒論で8単位)というのが
まさしく千里の道。


それこそ、
時間さえあればテキストや参考書を開いていました。
そうしないといつまでたっても終わらないから。

自殺企図があったのによくそんなんやってたな?と
思われるかもしれませんが、
私の頭にとって
これがかえってよかった面もありました。

四六時中頭を使っているため
余計なことを考える暇がないからです。

私は自分から頭の中を
課題でいっぱいにして、
どうにか悲嘆の方向に向かないようにしていました。
(その間にも過食症や喀血が何度もありましたけど)


そして2010年3月、
私はなんとか大学の卒業式に出ることができました。

結局は死ななかったんです。
母との、そして自分との約束は果たせたんです。


そしてその後も、なぜか死にませんでした。


いざ卒業してみれば、
今度は「一生に一度くらい個展を開いてから」となるんです。

そのはじめての個展も2010年秋に終わり、
今は2013年になりましたがまだ生きています(笑)

一度だけはやるはずだった個展も
つい先の7月に5回目を終えたばかり。



今では私は、あのころよりは死から遠ざかっています。
トラウマになっていた曲のことも、すっかり楽になりました。
でも当時、自分が今のようになるとは
まったく考えていませんでしたね。

ただ、一日だけを生き延びることだけ考えて
そのつみかさねで今まで生きたんだと思います。
もし、先のことまで考えていたら
生き延びることができなかったかもしれない。


ちなみに、音楽を聴いてここまで悲しい感情がわいたのは
あとにも先にもその一曲だけです。

このことを書いたのは、2013年になった現在が
一番最初。
だから、たったこれだけのことを書くのに
6年かかった計算になるんです。

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