希求ということ

今朝がた、久しぶりに悪夢に襲われた・・・
なぜ記憶って、いらないものばかり鮮やかなんだろう・・・

しかし!
私はまだまだがんばります。

こんな前フリをつけたのは、
今回の記事のテーマとつながっているから。

完全版 誰かいるなら聞いてくれ
【“誰かいるなら聞いてくれ”  2011年3月 水彩・ペン・墨 18.4×26.2㎝】

今回は記録絵画です!
このアーチ、よく描くんですよねw
(聖堂の入口とか、聖人の像を置く壁のくぼみとかに
よくつかわれます。)
でもその先には・・・何があるのでしょう?

私には1つのキーワードがありました。
それは「希求」ということ。


「人ってなぜ生きて耐えてしまうんだろう」
このことがずっと謎だったんです。

いいことの予感もなにも見えなくても
願うことだけで一日終わらせて、
その一日の積み重ねで脱出を果たすことがある。

よく戦争や災害の話で
「一筋の希望が・・・」という言葉が使われるけど、
ホントにそうなのかなあ?

だって、
たとえば紛争地の人たちにしてみたら、
明日にはきっと戦闘がやむに違いない!なんて
信じられないんじゃないだろうか・・・

「希望がある」と言い切れるほど
希望が具体化しているなら、
人はここまで苦しむことはないはず。


それならなぜ?

それは「願っている」からだと思う。

「信じること」ができなくても
「願うこと」はやめられない。

廃墟の中にあるのは
「希望」ではなくて「希求」。


ひたすら強く願う心。

それは目には見えない。
でも力は強烈。
ほとんど本能じゃないかと思います。

このまえのストーリー
黒天使ルビィが
「見えない光を見させようとはしない。
でも闇の中で、あたしたちが一緒に光を探している」
と言っていたのは
このこと。

あんな黒天使が、本当に降臨してくれたらなあ・・・

これもまた、願いですね。
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