2007年の絵が見つかった

2007年に描いた絵が出てきました。

2013年の現時点からょうど6年前、
今持っている「ニキの世界」が確立した年です。

ある大きなきっかけのおかげで
世界観の確立がほとんど一日、一夜にして起こりました。

その直後、第一発目の絵です。


旧作(07)13.10.190001
【“死と乙女”  2007年 水彩 B3】




このころはまだ水彩だったんです。

慶應の勉強が忙しく
油彩を使っているヒマと余裕がなかったため。

油彩は後片付けが大変だし
乾燥に時間がかかるしで、
そのあたりが楽な水彩を何年も愛用していました。



何年ぶりかで再会したのですが

正直、自分の作品という気がしません。




旧作に接するときというのは
いつでも妙に恥ずかしかったり、
今の絵との差異におどろいたりするものですが。


この絵を見たときはまずギョッとし、
次いで心配になりましたね。
正直なところ。


今の私が昔の私を心配する。




何も言わずにネットに流したら
どういう反応が来るのやら。

いらぬ心配ですが、つい考えてしまいます。


もし、私がだれか別の人間であり
ネットのどこかで偶然、この絵を見たとする。

そこに「これを描いた直後に作者は死んだ」とか書いてあったら
信じてしまうかもしれない。
今の私の目からすれば、そういう絵に見えます。




しかしこれはまぎれもなく、
かつての私が描いた絵なんです。

明らかに、今よりもずっと病んでいた頃の。




そして、今描いている「黒天使」の原型が
このころすでに画面に出てきていることにも驚かされました。

今の世界観がはじまった年の絵ですから
まあ当然かもしれませんけど、
第一発目の時点で天使を描いているんですよね。

そして、バックに広がる荒涼とした風景。



人物の描き方だってまだ下手だし
遠近法だってめちゃくちゃ。
何よりもまだ、恐怖感がナマの形で出ています。


幼少期のトラウマと向き合いはじめたばかりの頃だから、
まあ当然かもしれない。



2006年の終わりごろから
なんとなく、自分の抱えているものが分かって来ていました。
自身の体験に加え
ドキュメンタリーで見た恐怖画像、
手のない子の映像とかね。

そのうちに2007年になり
最初に書いた「とあるきっかけ」のおかげで
結局、恐怖は描くことでしか発散できないと悟ったのです。


描いていたのはすべて
心の中にうかぶイメージだったんですが、
その「浮かんでくるもの」はどれも
かつて目にした恐怖画像を思わせるものばかり。

戦争の写真と再会したのもこのころです。



一カ月に20枚の割合で水彩を描き続け
そのあとは油彩にシフトし、
やがて劇画まで描くようになり

生々しい恐怖はようやく消化されてきて
作品にも観賞価値が生まれるようになりました。


しかし、基本的には
私の世界はこのころから全くブレていません。

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)