悲しみのスイッチ その2

「悲しみのスイッチ」について書いてみたら
思いのほか多くの方から「自分もそうだ」
という言葉をいただきました。

ちょっと安心です。


さて、最近になって、
そのスイッチがどういう時に入ってしまうのか
なんとなく傾向が見えてきました。

それは「だれも目を向けないところ」だということ。



「つまり・水漏れなおします」の宣伝にあった
お腹が破裂したカエルにしても
虐待防止のポスターにあったヒヨコちゃんにしても

もともと“泣くべきところ”として
作られてはいません。



よく「泣きたいときにはこの映画」
みたいなものがありますよね?

そういうものを見て泣いたことが、
私にはほとんどないそうです。
私自身、そういう記憶がありません。

なぜって、
そういう映画や何かに出てくる人たちは
見ている多くの人に泣いてもらえるんですから。

これだけの人が心を痛めてくれるんだから
まだいいじゃない。

と、そう思いました。


ところがその一方で
例のカエルのイラストとかで
本気になって泣いてしまう。



悲しくなるものは、まだあります。


たとえば、歯医者の待合室のポスター
よく、虫歯になって泣いている子の絵がありますね。
その虫歯の子を見るとスイッチが入りました。



あと昔から「比較対象の図解」がダメでした。

電車のつり広告などでよくあります。
「このカードを使えばお買い物がスムーズに♪」
の類。


片方にはカードを持って
優雅にお買い物をしているマスコット。
もう片方には小銭をちらばして
あたふたしているマスコット。


あれを見るともうダメでした。
カードのないほうのマスコットが可哀そうでならないんです。



あと、テレビのコント

よく、無茶なことをやらせて
ずっこけたり失敗したりするのを
みんなで笑うのとかありますよね?

私がちっちゃいころから
そういう番組はありましたが
それを見るたびに泣いてしまいました。

(これでギャラを貰っているんだからとか、
 本人も納得ずくでやってるとか、
 理屈では分かりますけど)




いままで例をあげて来たのは
共通しているところがあります。

“本人(人でないもの含む)は大変なのに
 だれもそのことを気にかけない”


これです。



多くの人に“これを見たら悲しむべき、泣くべき”
として作られているものは
たしかに狙い通りの内容を持っているのでしょう。

でも、
誰にも気づいてもらえず
だれの心を痛めることもない
だれからも涙を注いでもらえない存在があります。


そういうのが私にはすごく悲しかった。


私でない見方をすれば
これは当然のことなのかもしれない。
ごく普通のことで違和感も感じないでしょう。


スイッチを持たない場合や
もしくはスイッチが過敏に反応しない場合、
無意識にそうやって
感情をシャットアウトすることができるんでしょうね。


しかし、その普通のことが
生まれつきできない性質の人もいて
私はその中の一人なのです。


ただ今回、「悲しみのスイッチ」について
多くの人に聞いてみたら
最初に書いたとおり
意外にも賛同する意見がたくさん来ました。

ですから、思っていたより多くいるのかもしれません。
案外、スイッチを持ってはいても
その反応を表に出さないでいるのかもしれないですね。

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No title

自分の場合は、今は悲しみのスイッチでは無いのですが、本とかマンガとか映画とかで、普通感動するような所じゃないところで、勝手に色々汲み取って感動したり、はありますね。

やはり、ニキさんの感じ方は子供の頃の自分にすごい似てます。なので、思い出せば結構分かります。
比較が苦しかったのは、思い出があります。同じ人間同士なのに、あんまり格差が激しい表現があると、差別的に見えてしまって、カワイソー、と思ってたことが自分もありました。

しかし、自分は年をとるにつれ、どんどん鈍くなっていって、今はそういう事はほぼ無くなってしまいました。
「作ってる側の立場」も見るように、考えるようになってからは、(メイキングシーンとか)すごい影響力のあった作品なんかも、そこまでの感情移入はせず、「作った人はこういう事を伝えたいのか」なんて見方になって、全然スイッチは入らなくなったように思います。

Re: No title

ありがとうございます。子供の頃の感性と似ている、というところが驚きでもあり、ちょっと安心にもなりました。

「感動するべき」と提示されたところ以外でも感動したりするとか、あるんですね。
もしかしたら、多くの人はそれを表に出さないようにしているのかな。
kotatsuさんのコメントを読んで、そう思うことができました。

“独自の感じ方”を隠しておくという発想がないから「変な子」になったのかもしれませんね、私。

アスペルガーではない人の場合でも、小さい頃はまだ理性で考える部分があまり発達していないから
より感情的に、ダイレクトに受け取ってしまうことはあるかもしれません。

ただスイッチの働き方は私の場合、昔と変わらず強いままなんです(それで困るんです/笑)。
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プロフィール

探究者ニキ

Author:探究者ニキ
安藤ニキ
神奈川県横浜市生まれ、
慶応義塾大学文学部哲学科卒業の画家。
油彩・版画・ドローイングなど表現方法はさまざま。たまーに漫画も描きます。
作品のお問い合わせはnikiあっとando-kobo.jpへお願いいたします。

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