狂気の境目

夕暮れ・台風の後0001

・・・なんてタイトルをつけたのは、
その境目がいかに曖昧なものかを書きたかったから。


正気という状態があります。
狂気という状態もあります。

でも、その間には実に広い中間地帯があるんです。

正気と狂気というふうに
対立する概念はいちおうあります。

しかし正気を白、狂気を黒とするなら
白と黒だけの二種類ではなく
白から黒への果てしないグラデーションを作っているのですよ。



なんでこんなことを書くかと言うと
私自身、そのグラデーションの間を
しょっちゅう行ったり来たりしているから。

鬱病がひどくなった時は
まず、現実を正しく認識できなくなります。
アーティスト活動で積み重ねてきたことが目に入らなくなり
かなえていない(ほとんど実現不可能な)夢のことしか頭に浮かばない。

その夢と、今の現実とのギャップに暗澹とし
結果、自己評価も天井知らずに高まったり
極端に低くなったりします。

美術館に行くこともできない。
ここに自分の作品は永久に並ばない、と思ってしまうからです。


で。
特筆したいのは、
こういう状態を本人がはっきり認識していること

果たしてこの時の私は正気でしょうか、
狂気でしょうか。




狂気の境目ってどのあたりなんでしょう?
これはいまだに分からない。

“狂気の人”への、ベタなイメージというのがありますよね。
道端で、半分裸のめちゃくちゃな服装をして
相手もいないのに一人で喋ったり歌ったりしながら
げらげら笑っている――

という、こんなところでしょうか。


もしくは、壁に排泄物を塗りつけたり。
錯乱状態になってわめき散らしたり。

しかし、実際にはここまできた“狂気”はごくわずか。



幻覚・幻聴が出るというのがあります。
これは“狂気”としては一種の
お墨付きのようなものになっていますが
幻覚・幻聴以外はまったく普通の人と変わらない――
というケースだってあるんです。


あるいは自傷をやる。
私自身が何年もやっていたことです。

しかし、これも決して“知らないうちにやっている”わけではない。
意識を喪失しているあいだに切ってました、とか
そういうのはありませんでした。
霊にとりつかれたわけでもあるまいし。

私の経験からいえば
自傷をやっている時はきわめて冷静です。
痛みと出血の度合いを見極めながら
0.1㎜ぐらいの単位で「もうちょっと切るか、どうしようか」
と判断していました。

よく「痛くない」という話を聞きますが
私は痛かったですよ。ちゃんとね。

麻酔薬を飲んだみたいに
痛みが消失することがあるんだろうか?
「こういうことを平気でやっている」と
アピールするための
一種の比喩表現じゃないのかな?

もしかしたら、本当に痛くないのかもしれないですし
そのあたりは分かりません。


その自傷にしたって
それをやっている以外は日常生活を普通に送っていたりしたら。
その人は正気でしょうか、狂気でしょうか。



境界線があいまいなのにもかかわらず
それでもやっぱり「あの人ちょっと変だよね」という
微妙な違いはしっかりあるんですよねぇ。
その“微妙な違い”はどこから来るのかな。
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テーマ : うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル : 心と身体

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