コラージュ制作のきっかけ2

「三ヶ月目記念」の記事にのせた女の子の絵、
無事にお納めしました~。

とても喜んでくださって、一安心です。

淵に浮かぶ0001
【“淵に浮かぶ”  2011年5月 ミクストメディア B5】
さて、
コラージュ制作のきっかけ、第二弾。
妄想哲学者ニキ、自分で自分を分析してます。

一番大きな理由は
「表現方法はたくさんあった方がいいから」ですが、

実はネット上で
心を病んだ方々の絵を見たんです。

そこでは特に「怖い」絵を集めていたようで、
なかなか鬼気迫るものがありました・・・

たしかに芸術性が高い作品も多いのですが、
私はかなり震えました。
作者の怨念めいたものを感じてしまってね。

その、画面の発する妖気が、起爆剤になってくれたかしら?と思うんです。

いわゆるアウトサイダーアートって
なごみ系」と「戦慄系」のギャップがけっこうあるような。


違う人間の描く絵だから当然なのですが、

同じ病を持っていても、
作者によって作風は大きく違ったりする。
おおらかで明るい作品もあれば、
奇怪で不気味な作品もある。


・・・なーんてことを考えていたら。

「おぬしの絵はどうなんじゃ!?」
という、内なるツッコミが(笑)。

いや、ほんとによく考えるんですけど、
私ってどっちなんだろう?(笑)
もしかしたら見る人ごとに、
作品ごとに、
その両方を揺れ動いているのかもしれない


自分が「アウトサイダー」なのか
「インサイダー」なのかも、
ときどき分からなくなる。

(あ、だから怖くなったのかもね?
自分に近しいモノを感じるから、なおさら強く反応して。)

完璧な「アウトサイダー」は
自分自身を「アウトサイダー」と思わない。
でも私は、
自分の抱える狂気や障害を認識していて
人に説明までしちゃったり。

神経科の先生もこれには驚いていました。

なのに、そこから解放されることがない。

おそらく私は
私の作品と同じく、
「インサイダー」と「アウトサイダー」の間を
行ったり来たりしているんだと思う。

ただ問題は、
その旅を自分の意思でできないということです。
だからこそ「病気」なんでしょうけどね、やれやれ。

コメント

No title

夢の中みたいなんですね。
潜在的なものはもちろん影響するのでしょうけれど、
自分の意思で動けない…はずなのに、
夢の中で自由奔放に動き回っている自分に、
時々唖然として、目が覚めます。
『今のは何だったのかな?』としばらくぼーっと考えて、
現実の自分の一日が始まります。

Re: No title

そうですねー。
私も、夢の中にいるほうが
現実よりもずっと自由に動いていたりします。
そして、夢の世界も
現実の正直な写しだったりします。
正常と狂気のあいだを行き来している私にとって、
現実と夢の境目もまた、大きく揺れ動きます。
というより、現実が十分「非現実的」なのかもしれません。

なるほど

そこまで自己分析できるニキさんは凄いです。

Re: なるほど

凄いですか?(笑)
自己分析は小さいころからの癖みたいです。
自分を観察し、分析し、
・・・でも症状が消えないんですよね。
それをネタにして、どうにかやっています。

No title

底から引きずりこもうとする手 うーーーーん
幽霊画以外で 初めて怖いと感じました。
この手は何の手なのでしょうか。
睡蓮と水中の花の対比 僕には難しすぎるようです。

Re: No title

怖いですか?笑
実は意外な感想でした。
私なりの作品解説をいたしますと・・・
下のほうに描いてある手は、浮かんでいる人の仲間の手なんです。
だから、あながち悪い意味合いでもないんですよね。
ハスの花は天上の世界、淵に咲く花は現世の欲望、をいちおうイメージしております。

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