超常現象と共感覚について

鳥たちは歌う 2013年 油彩 F0号
【“鳥たちは歌う”  2013年 油彩 F0号】

これは2013年に描いた共感覚作品。


ウクライナの歌姫、カテリーナ・グジーさん
小田原の地球市民フェスタで演奏した曲によるものです。
たしか二曲目だったはず。

私にしてはかなりめずらしい色彩の絵ですが
自分でも気に入っています♫
ので、版画にしてもいいかしらと考え中。



さて今回は共感覚ネタです。


先日、テレビで超常現象の特番をやっていて
ちょっと思い出したので。


超常現象といえば鉄板なのが
幽霊やUFOを見たとか、奇怪な光を見たとかの話です。

で、そういう話を科学で検証してみる。


検証して答えが出るケースもあれば
謎のままのこるケースもあります。



ここで私が考えるに、
案外、共感覚がその正体だったというパターンはないだろうかと。

今まで見る限り
そういう視点で検証されていたことはないのですが
十分ありうることだと思うのですよ。



共感覚の中でもっとも基本なのが
「音を聴くと色/画像が見える」という「色聴」ですが。

怪しい光や像を見た、というのは
もしかしたら共感覚者が頭の中で“見た”のかもしれません。
つまり、その怪しい光や像は
外の空間ではなくて見る人の脳の中に存在するわけです。



たとえばですよ。

19世紀以前、
アメリカかヨーロッパのド田舎を想像してみてください。



本といえば聖書ぐらいしかなく

信心深く、また迷信も深く、

まじないや魔法を心底恐れていて、

科学のカの字もなくて、

村の教会の尖塔が見えなくなるところまで
出かけたことがほとんどない――という人々の村です。


そういう村で、
ある家族のうちで子供が一人だけ
共感覚者だったりする。

それでその子が
「教会のオルガンの音が聞こえるたびに
金色の光が見えるの」
「その光がとっても気持ちいの」
なんて言ってごらんなさい。


たちまち「奇跡だ!!!」と大騒ぎになることうけあいです。
「神がこの子の元へお下りになった!」てな調子で。


違うかしら?


これは幸せな方向に行った場合ですが
逆だって当然ありえます。


周りのだれにも見えないものが
一人にだけ見えたりするんですから。
ヘタをすれば悪魔つきともとられかねないでしょう。

ま、こういうカン違いはいい方向に向かってほしいものです。



共感覚の歴史は意外と古いのです。
私の記憶では、
もっとも古い研究の記録は
かの哲学者フランシス・ベーコンのそれだとか。

近代哲学では
世界の仕組みを人間の理性によって
解き明かそうとしていましたから、
その過程で出てきたのかもしれません。



しかし「共感覚」という概念が
そう早くから広く行きわたるとも思えませんね。
(当の私でさえ、大学で教わるまで知りませんでした)

だから、超常現象と共感覚は
意外と見えないところでつながっているんじゃないかな――と、
私はこの考えを捨てきれないのです。
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コメント

No title

ほんとにホントにその通り!と思ってます。

それに付け加えて・・・「竜巻、隕石、津波、疫病のような100年に一度の自然現象」と「意図的に嘘をついてる人」と「死の恐怖から逃れるため、信じたい死後の世界」の組み合わせでオカルトって生まれて育っていったんだろうな・・・、と。

自然に強い電磁波が出てる所だと、普通の人でも視覚の神経に影響が出て、火の玉みたいなのが見えるとか、どうとか。

Re: No title

現代人が科学を信じているように、昔の人たちは魔術や超常現象をそのまま信じていたんでしょうね。
考えてみたら、「人知を超えた現象だ」と信じたら、そこから検証する必要がないんですよね。だから信じたことが「事実」になってしまう。
同じ現象でも、正体をどうとらえるかで意味合いが全く変わってくるのは面白いです。

あと、電磁波!
一説では、どうやら強力なのが発生していると発火現象が起こるとか。

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