できれば、主流

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たまには愚痴も言わせてください。


まったく異端というのは楽じゃないです。


いままでグループ展やアートフェスには
なんども参加してきましたが、
どこに出しても私のところだけ空気が違うそうです(笑)

これ、よかったと言われるのが多いですが
ときにはかなーり困ります。





カテゴリーが分からないため、
のっけから拒否される可能性も高いからです。
えたいの知れない存在ってそういうものですよね。


私自身、別にこのことに誇りは持っていないし。



実際、私の描く作品は
どのカテゴリーに入れていいか分からないですよ。

現代芸術系の中にいれば
一人だけ伝統的な油彩がまざっているし、

さりとてオーソドックスな人物画や風景画の中にいて
そこになじむとは到底思えません。



既存のカテゴリーに入らないなら
私自身がおそらく新しいカテゴリーなんでしょう。
アーティストとしてこれは喜ばしいことではありますけど、

そのことだけで胸張ってもいられないわな。




だいたい、美術史において
新しい傾向というのが出ると
まず生前に認められることは少ないですからね。

長生きして時代の変わり目まで
生きた人なら
晩年にようやく幸せがおとずれたりもしています。



が、若いうちから認められるというのは
まずほとんどない。

時には一生、うもれたままだったりします。
ゴッホしかり、ゴーギャンしかり。



私だって人間ですから
自分の作品をもっと広く評価されたいという気持ちはあります。
強いです。

死んでから作品が10億で売れたところで
本人にはわからないんですから。



それがアーティストとして不純だというなら
不純だっていいですよ。ええ。

私の作品は誰かに向けた言葉なんだから
自分ひとりで描いているだけで幸せ、なんてありえません。



誰かに向けた言葉ではありますが
その言葉(作品)は私自身が本気で考えたり、
悩んだりして生まれたものです。



そうやって生まれた作品を
好きになってくれる人もいて、
そういう人の縁でなんとか活動できています。



異端であることに喜びを感じることは
今の私にはできません。
もし、異端であることが嬉しいんだとしたら
それはちょっとゆがんでいると思う(笑)

だれも好きこのんで異端になったりはしないはずです。
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