飛びつつも生き延びる

前回、イカロスの神話について書きました。

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それで思ったんですけど、
“殉教者”をあがめるのって気持ちいいんですよねぇ。

歴史の中には多くの殉教者がいます。
べつに宗教に限りません。
たとえば政治思想とかでもそうです。

そういう人たちは立派だとも思いますし
あこがれる気持ちがおのずと湧いてくるのも分かります。


しかし。しかしです。

生き延びるのだって、それと同じくらい大変なんじゃないでしょうか。





なんか、信念を守り通して死んだ人の
話なんか聞きますよね。
特に、若くして死んだ人。


だいたいそういう死者は
困難な時代に生まれるものですが、

そうすると、
まるでその時代を生きのびたのが罪悪みたいになってくる。
そして、死んだ人は「若くして死んだ」というだけで
何だか評価が底上げされる
みたいになる。

そういう空気を感じることってないですか?



うまく生き延びることってそんなに罪なんだろうか。
あるいはさんざん苦労して生き延びるんでもいいや。



若死にはカッコいい。
だって、その人の人生はそこでおしまいなんですから。
もう二度と、へまをやって失望させることはありません。

しかし、生きている人間にはその後の人生がある。
時には失敗したり、嘲笑されたりしながら
それにも耐えていかなければならない。
自己矛盾と闘わなくてはならない場面もあるでしょう。


そうやって真剣に生きた人生は
殉教するより大変だと思う。



若死にと言えばロック・スターですが、
「イカロスの飛翔」を放ったアイアン・メイデンにしたって
平均年齢50代後半でいまだ現役ですよ。

俺たちは太陽に定住したってな勢いです。



殉教した人はたしかにカッコいいです。
でも、殉教は人生の目的じゃないでしょう。
中世のヨーロッパじゃあるまいし。

殉教者は神話の世界に生きている。
でも、私たちが生きているのは俗世です。

俗世にいて、俗人としてあがきながら生きています。
その「あがきながら生きる」ことに
立派に死ぬこと以上の意味を見出すのは私だけでしょうか。



私たちは太陽を目ざして飛びながらも、
無事に帰還する方法も考えなければならないのです。

「カッコいい死に方」だけを
やたらとほめたたえるのは、
どうも痛い気がします。

テーマ : 生きること
ジャンル : 心と身体

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No title

私は仏教系の思想なためか、
「人間は生きてるだけでも他の生き物を殺さないと生きていけないという業を背負ってるしな。」
そんな考えのためか、あんまりこのあたりのテーマは何も考えずに日々を無駄に過ごしてたり・・・・

戦争から帰ってきた祖父の世代は、ここに書かれてる「そういう空気」を感じてたように思います。


「あがきながら生きる」ことについては・・・・・う~ん、すぐには答えは出せないですね。
できれば生き延びたほうが良いとは思うのですが、答えはなかなか難しいです・・・・

Re: No title

戦争とか、まさにこういう感じだったと思いますよ。
亡くなった人は「祖国のために犠牲になった」として祀られたりしますけど
生き延びてしまった人はずっと後ろめたさを感じていた・・・とか
そういう話をよく聞きます。
別に兵隊さんにかぎらないですね、たとえば禁じられていた政治思想とか。
「殉教」をほめたたえるのが極端なところまで行くと、
死んだらそれでいい、みたいになってしまうでしょう。

それだったら「死に方」より「生き方」の方が重要だと、私なんかは思うのですが・・・
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プロフィール

探究者ニキ

Author:探究者ニキ
安藤ニキ
神奈川県横浜市生まれ、
慶応義塾大学文学部哲学科卒業の画家。
油彩・版画・ドローイングなど表現方法はさまざま。たまーに漫画も描きます。
作品のお問い合わせはnikiあっとando-kobo.jpへお願いいたします。

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