山崎洋子さんの自伝から

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山崎洋子さん初の自伝
読んでいたら、
何だか書きたいことがいっぱいでてきてしまった。

書かないのももったいないから、
記事にしてみることにします。


洋子さんの自伝
『誰にでも、言えなかったことがある』には
一番さいしょに、赤ちゃん時代のかわいい洋子さんの写真があります。


これを見て、どう思われますか?





「こういう環境で育っても、
 写真はちゃんと撮ってもらえたんだ、よかった」

と思うでしょうか。


実は私が考えたのは、その反対なのです。


「写真はウソをつく」。
これが私のまず、感じたことです。


華やかな場の写真だけが
しっかり残っていたら、
それだけでその人は「幸せな人」のように思えてしまう。

これは実は、重大な危険であり
錯誤ではないでしょうか。


写真が語るのは
「ハレの日」の記録だけであり、
それ以外の大部分の日々については
じつは沈黙したままなのです。


私は自分のアルバムを
2歳までしか見られません。
そこから先は思い出したくない過去だからです。

でも、写真を撮られるときは
いつも「笑顔になれ」と言われるから
そうしていました。

写真の私は幸せそうに笑ってますよ。
まるでそれしか日常がなかったみたいに。
しかし、そこに写っていないことについては
写真は何も語りません。



虐待で死んだ子供が、
七五三や誕生日の写真では
ドレスなんかを着てにっこり笑っていたりします。

「スタジオなんとか」とかで撮る、あれです。


その写真の中では、
子供は幸せそのものに見える。
でも、写っていないところでは、そうではない。



写真というのはある意味、証拠にもなります。
だから、日ごろは問題親であっても、
写真だけはばっちり撮ったりする。


それが逆に、日常的な真実を覆い隠す役目も果たす。
写真はウソをつくのです。


しかし同時に、写真が残っていないということもまた
不幸の象徴のようになっていますし。



写真って何なんでしょうね。



どんな過去があろうと
(たとえ虐待で死のうと)
写真があれば少しはましなのか、

それとも「幸せだった」という証拠を
ねつ造されるくらいなら
写真など無い方がましなのか・・・


私は後の方にうなずくのですが、
実際どうなんでしょう。


いくら考えても分かりません。
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コメント

No title

写真はウソをつく・・・その通りと思います。


あった方がいいのか、無い方がいいのか・・・はもう人それぞれ、な気がします。
幸せかどうか、というのも、過去幸せだったとしても、後で不幸になって見たくなくなるなんてパターンもあるかもしれませんし、不幸だったとしても、「今となっては良い思い出だな」ってパターンもありそうですし・・・

ただ、無いものはもう見れませんが、写真が存在しても見たくなければ見なければいいだけなので、どっちかと言えば・・・嫌な写真でも無いよりはあるほうがいいのかな、と自分は思います。

自分も見たくない写真とかあるっちゃありますね(笑)
ただ、歳を取ればまた評価変わるかもしれないので・・・

Re: No title

kotatsuさん
この記事ね、けっこう反響あったんです。
どきっとしたという人もいました。
いろいろあったけど、やっぱり大切な記録だったと言う人もいます。

写真をどうとらえるかってバリエーションがすごい気がします。
おっしゃるとおり、時とともに変わったりもしますし。
写真も幸せ、本人も幸せと言うのが
そりゃ一番いいんでしょうけど(笑)

私はまだ、2歳までしか見たくないのですが
これもいつか変わってくるのかなーと思ったり。

No title

私は小中学生時代の卒業アルバム持ってません。
いじめられていた当時を思い出したくなかったから
私が捨てました。
一度親にバレて戻されたけど。

カメラマンさんが撮った修学旅行のスナップ写真の数枚を
自分で注文するんですが、どうも自分が写った写真を見たくなくて、
風景画ばかりを頼んでました。

写真が思い出の引き金になる。
いい思い出も悪い思い出も。

でも写真がなくても心の中にも刻まれるんですよね……。

Re: No title

Azumiさん

卒業アルバム、あとから見てどう感じるのかなと思うことがあります。
一見仲がよさそうなグループでも、実は中にいろいろあったりしますし。
これなんかまさに「幸せだった証拠」として撮られる写真ですよね。
それで安心できるならいいですけど、そうもいかない人はほかにもいるのかもしれない。

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