私を作った父の話

前回の記事をUPしたあと、「男性を描く理由」を
あらためて考えました。

それで思ったのは
私自身の父への思いがすごく反映している、ということ。

ブログ用皇帝 “肖像”シリーズより0001
【“皇帝”(“肖像”シリーズより) 2011年 油彩 F4号】

横浜ヴァージンフェスタ2011は
ついに今週土日に迫りました!
なので、
今回は一度書いておきたかった、父のことです。
(本人了解済み)
私にとって、父はずっと神のごとき絶対者でした。
それも一神教の。
偉大で、何でも出来て、恐ろしい支配者。
服従するか戦うか、そのどちらかしかない存在。

どんなことでも、他人より優秀にできる父は
私に対しても常に「優秀であること」
「理想的であること」を求めてきました。

ただ、本人は一切覚えていないそうです。
私と父の間には
記憶のずれがかなりあって、
私が覚えていても父が忘れていたりします。
だからこれから書くことは「娘の側から見た真実」だと思って下さいね

たとえばこんな。

受け答え一つでも、父の理想通りにできなければならない
食事中に社会問題のドキュメンタリーを見て
感想をいきなり聞かれたりします。

もし、答えを言えなかったり
ヘンなことを言ったりしたら

「なぜ、そんな答えを出したのか」
「それで正しいと思ったのか」
「学校ではどう教えているのか」
「それに疑問を持たなかったのか」
・・・

など、質問攻めが何時間でも続きます。

食事中でも、テスト前日でもおかまいなし。

父によると、それは
「学校の教育なんかよりも
よほど大事な教育・授業」ということでした。

言っていることの内容は
常に正しいから
(世界平和、差別撤廃、人類愛、現実を知ることの大切さ、etc)
私はただ、聞いているしかなかった。
「こんな立派な人を怖がっているなんて
自分はダメな人間だ」
と思いながら。


表面的には確執も和解もなくて
子供の方だけが苦しんでいる、奇妙な葛藤でした。

ただ、父は私に暴力を振るったことは一度もありません。
私がひたすら怖かったのは、その理論攻めでした。

父に何も言えないまま、
神経症だけが悪化していって
20歳になって
とうとうがまんができなくなった。

神経科に行こうと思って、
その機会に「本当はどう思っていたか」を明かすことになって。
そのときが、本当のことを言った最初。

父は、私が記憶していた「父の姿」を明かしたとき
相当にショックだったようです。

でも私は、父との関係を
もう一度作り直したかった。

だって、何があろうと
私自身の親なんだもの。

やがて私はアーティストになって
活動していく中で
父にいろいろ協力してもらうようになりました。

そうやって、どろどろした感情が漂白されていくことを願っています。

こうしている今も、
父のブログに私の記事がのっています(笑)
ちなみにお互いにリンクも貼っています。

父に対する気持ちは
好きとか嫌いとか、とても一言じゃ言えません。


アーティストとして、父とはすごく話が合うし
何よりも、
私の世界観を作ったのが父ですから。

たとえば、父がいなければ
ハードロックの世界を好きにはならなかっただろうし
私の絵が持っている「キリスト教的世界観」も
生まれなかっただろうな。


なぜ、こんなことを書いたのかというと
私の作品世界を説明するのに
どうしても抜かせないから。

私は男性をよく描きますが、
それはたいてい
支配する男VS反逆する男、という構図なのです。


支配する男は恐怖の対象
それに反逆する強さを持つ男は、あこがれの対象


男性というものへの恐怖とあこがれ。
ふたつの矛盾した気持ちを克服したくて
自己セラピーとして描いているのかもしれません。


今回の横浜ヴァージンフェスタ2011、
ブース16番に来ていただけたら
きっと、私と父が二人でお出迎えするはずです。
まるで親子のように(親子だけど/笑)

でもそのウラには
決して、何もなかったわけじゃない。
お互いにギクシャクしつつ、どうにかここまで来たのです。


一度は書いておきたかったお話、でした。

コメントの投稿

非公開コメント

本人です!

 ニキへ、そしてブログをご覧いただいている皆様へ!

 図らずも娘ニキの名前の由来となった「ニキ・ド・サンファールに於けるダディー(旧弊たる父権性の象徴)」をリアルに地で行ってしまった父親です。

 彼女の全領域に君臨していた私の存在を確認し「超えねばならぬ存在」と認定したとき、彼女の苦難に満ちた(なおかつ結果として輝かしい)自己再生への旅は始まります。
 その軌跡がニキの絵画なのでしょう。

 絶対的抑圧者・・・これが私の立ち位置であり、現在も続く存在理由です。

 そんなはずじゃなかった!・・・とは、いまさら言いますまい。

 大きな痛みを持って立ち向かおうと欲してくれた我が子に感謝いたします。

 親子関係から人間同士の関係へ!父の旅も続きます。

Re: 本人です!

あら、その節はどうも(笑)お世話になってます。

読んでくださっている方々にもあてて書くと、
記事UPするまでにずいぶん悩んだんですよね~。
果たして、書いていいものやら分からなかったし。
でも、私の世界をご覧いただく人方に
「これはこういう物語で・・・」とか解説するには
“その物語がいかにして出来上がったか”は不可欠だと思ったから。

これで「あーなるほど!」と思った方もいたみたいでした。

No title

ちょっと、いや、かなり羨ましいやりとりです。
父のいなかった私としては……。

Re: No title

そうですか・・・
果たしてどちらがよかったのかな?とは
よく考えますよ。
今でこそ、こんなやりとりをしていますが
「いるだけ幸せなんだ」と思うことは・・・難しかったので。

No title

冬桃さま

暖かなコメントありがとう存じます。



No title

うん・・私もうらやましい限り。
父とは、真逆バージョンの関係でしたから。
もうこの世にはいないです・・

Re: No title

ちょろり様こんにちは。
どのような関係でいらしたのか、あまり聞くこともありませんでしたが・・・
うらやましいといわれると、何ともフクザツな気持ちです。
たしかに生まれ変わったとは思いますが、
心の浄化にはまだまだ時間が要るので。

No title

こんにちは。
興味深く読ませていただきました。

私も、自分の父には特別な思いを持っています。
今の私があるのは、今から思えば、すべては父に対する反抗というか、父の生き方を否定していくことが、私の生き方を決めてきた、ということだったのだと思います。

子どもが生まれて、ちょっと苦しい時期があって、そのころ自分のこと、いろいろ考えたりして、結局私というのはファーザーコンプレックスなんだな、と分かりました。


これまでは会えば必ずケンカしていますが、最近になって、あちらも年老いてきて(77歳!)、少し力が抜けたんでしょうかね。
私も、選挙などで、あらためて、父の私に対する愛情を、深く感じたりして、ちゃんとケンカしないで話せるようになってきましたよ。

本当に最近です(笑)

親との関係って、絶対に切り離せないから、永遠の課題だよね。

もし父が亡くなったりしたら、そのとき、本当に自由になれたと思うのか、それとも、壁を失って迷うのか。まだわからないけれどね。

今は自分が親なので、その辺も複雑だ!


Re: No title

佐々木ナオミ様

コメントをありがとうございます。
ナオミさんもお父様に特別な思いがおありなのですね。初めて伺いました。

親子って本当に「重い」関係ですよね。どんな人にも一生つきまとう、という・・・

他人なら上手くできることが、親子だとできなかったりもする。

どうしたって断ち切れない関係でしょうね。親がいなければいないで、
「どんな人だったのか」と考え続けるでしょうし。

私はこれからも男性を描き続けると思います。父を通して、それが生涯のテーマになりましたので。

これからもよろしくお願いいたします!!
NIKI 安藤ニキ・ホームページへ
プロフィール

探究者ニキ

Author:探究者ニキ
安藤ニキ
神奈川県横浜市生まれ、
慶応義塾大学文学部哲学科卒業の画家。
油彩・版画・ドローイングなど表現方法はさまざま。たまーに漫画も描きます。
作品のお問い合わせはnikiあっとando-kobo.jpへお願いいたします。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
リンク
QRコード
QR