地獄草紙のこと 其の三

前回ご紹介しましたのは安住院本(東博本)で
地獄草紙中、
いや全六道絵中!
私がもっとも影響を受けた一巻でありました。

しかし地獄草紙にはほかに二巻ありますので
そっちも出すことにします。

ふたたび愛蔵の「別冊太陽」から。


奈良国立博物館所蔵(旧原家本)より。
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諸家分蔵の「沙門地獄」(旧益田家本)より。
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奈良博の絵巻は、横浜の原三渓が所蔵していたもので
どうやら「地獄草紙」の中ではこれがもっとも高評価らしい。

「沙門地獄」は益田鈍翁の所蔵だったもの。
通称のごとく、悪いことをした坊さんが落ちる地獄を描いています。


で。


どうやら前回、開陳いたしました旧安住院本は
地獄草紙の中で最も劣った作といわれているそうな。


これが私にとってはかなり不本意なんですね。
構図だってバシッと決まっているし
何よりも迫力があります。


ついでだからこれもまたUPしましょう。

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ただ、「劣る」と言われるのも
分からないでもない。

だって生々しさや「痛そうな感じ」では
おそらく一番強烈だから(特に冒頭の二場面)。





最近、三つの「地獄草紙」を比べてみて
私が感じたことがいくつかあります。


安住院本には鬼がほとんど出てきません
それに対して、他の二巻では
鬼の姿がわりとよく出てきます。

人間より鬼や化け物の方が生き生きしています。


ただ、安住院本に残っているのがわずか四別所分なので
これは一概に言えないのですね。
鬼を描かなくても済みそうな責め苦ばかりですし。


しかし私はほかの点ともあわせて
安住院本はより「人間の視点で」描かれた絵巻だと思っています。



その“ほかの点”とは――



まず、安住院本って、わりと罪人の個性が豊かなんですよ。

それぞれの人がちゃんと見わけられる。
髪型、容貌、体型の差、あとヒゲの生えてる人もいますね。


それに対して奈良博は鬼の方が個性豊かです。
人間の方はどれもみな
同じような顔の人ばかりですね。

「沙門地獄」は何をかいわんや(笑)。
まあ全員ボーズですしね。
また広い構図をとっているので、その分一人ひとりの個性が見えなくなっています。



次に描き方。
特に原家本はどちらかというと「上流階級向け」な印象です。

鬼の表情とか、けっこうユーモラスだしね。
地獄と言っても、見る側との間に距離を感じます。

しかし安住院本は生々しいですね
苦しむ人間の方をクローズアップして描いています。
スプラッタ映画のような印象でさえあります。




あとね、ほかに気付いた人がいるかなぁ。


安住院本は罪人の陰部をくっきり描いているんです。

これはほかの「地獄草紙」でも、
別系統の六道絵でもあまりないんです。


原家本(奈良博)は実にうまく隠していたり
下帯だけはつけていたりします。
「沙門地獄」はそもそも人間のサイズが小さいので
その部分もさほど細かく描かれていません。

聖衆来迎寺の「六道絵」にも
地獄の様子が四幅にわたって描かれていますが
そこでも罪人はフンドシだけはつけていることが多いんです。


もしかしたら、邪淫の罪を想起させるために描いたのかしら。
安住院本の地獄に落ちる罪状には
「邪淫」が入っていますから。

理由は不明のままです。



まあ以上のようなわけで
私は安住院本を“より、人間の立場で描かれた”地獄絵だと思うのですよ。
だからこそ、これがいちばん好きなのかもしれません。


どうもみなさん、
長々と失礼いたしました。ペコリ
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