この世界が収容所なの?

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※いちおうブログのテーマを「発達障害」にしました。
  こういう捉え方をするのが
  私の特質によるものかもしれませんし、
  記事に書いたことは“アスペルガーの人間の体験記”だからです。




今年は強制収容所解放70周年とのことで
テレビやネットでいろいろと特集されていました。

私にとっても重要な意味合いを
いつしか持つようになりました。

それは「人ごとじゃない」と
私自身が肌で感じる体験をしてきたからだと思う。



プリーモ・レーヴィの体験記は
特に共感するところの多い本でしたが、
そこにこんな場面が出てきます。






収容所で肉体労働をはじめるにあたり
二人一組を作ることになります。

囚人たちは自分がこれと決めた相手と
自然に組を作ります。


そんな中に、「ヌル・アハツェーン」と呼ばれる若い囚人がいます。
「ヌル・アハツェーン」とは「018」の意味で
囚人番号の下3ケタをとってそう呼ばれています。


彼は若く、うまく生き延びるずるさを持っていないため
囚人の中でいちばん弱い立場にいます。
そして収容所の環境に疲れ果ててしまっています。

彼には誰も組んでくれる相手がいません。
一緒にいたところで迷惑なだけだからです。



レーヴィはこう書いています。


「・・・彼と働きたがるものはいない。
そして、力がなくて不器用な私と組みたがるものも
同じようにいないから、
結局彼と私がひんぱんに組を作るのだ」





私は子供の頃、
これとそっくりな体験をよくしていました。


私はクラスで孤立する生徒のトップでしたが、
私と同じくらいか、次に孤立する子がたいていもう一人います。

それはたいていおとなしすぎる子や、
今思えば障害を持っていたとおぼしき子です。



「好きな人同士で組を作ってください」と
先生の号令が飛ぶたびに
私とその子が組を作ると決まっていました。

ほかの誰も組みたがらないからです。



3人で組を作らなければならない時や
たまたま相手の子が休んだ時などは
クラスが大騒ぎになるか、逆に静まり返ります。

が、結局は一番弱いグループの
そのまたいちばん立場の弱い子が
そのグループから閉め出しを喰らって
私(たち)のところに送りこまれてくることに。

その閉め出された子は優しい時もあれば、
ひどくきつい態度をとることもありました。



こういう場面を私自身がナマで見てきたため
強制収容所での人間模様は
とても他人ごととは思えなかったのです。

集団の中で“やっかいな人間”をめぐって
グループ分けのたびに必ず、くりひろげられる光景。


“普通の世界”の、それも子供の世界でさえ
こうなんだから
状況がそろってしまえばどうなることかと身震いしました。




これはレーヴィの本からではありませんが、
ユダヤ人の子供が学校や社会で
疎外されていく、その方法がまた
私の見たものとそっくりなんです。


同じ席や近くの席には絶対に座らない。
手を触れない。
触れたら手や服を払う、吐きそうな顔をして見せる。
近くを通るとさっとよける。友達同士で固まってちらちらこっちを見ている。



私のいたところは人種差別法もなかったし、ナチスもいませんでした。
もちろんガス室も、死体焼却炉も
飢餓も有刺鉄線もありません。

でも人間のやることは驚くほど似ていました。

テーマ : 発達障害
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

探究者ニキ

Author:探究者ニキ
安藤ニキ
神奈川県横浜市生まれ、
慶応義塾大学文学部哲学科卒業の画家。
油彩・版画・ドローイングなど表現方法はさまざま。たまーに漫画も描きます。
作品のお問い合わせはnikiあっとando-kobo.jpへお願いいたします。

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