追悼・眼鏡カバー

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どうでもいいことに執着して自分で困る
というのが自閉スペクトラムにはあるそうで。

私は今まさにこれの真っ最中であります。




外出して帰ってきたら
眼鏡カバーがなくなっておりました。


眼鏡ってのは
花粉症対策用のサングラスで
そのおまけに不織布のカバー(袋)がついてきたのです。




実はこのカバー、一度行方不明になりました。


それが何とも間の悪いことに
先日の企画展@岩崎ミュージアム最終日だったのです。


その日は選挙の投票日で
朝早くにサングラスをかけて選挙に行き
帰ってみたらポケットに入れていたカバーがない。



すぐにでも探しに行こうとしましたが
今日は重要な日だったと思いなおし
泣く思いで(マジ)やめました。

それでもあきらめきれず
母があとから投票に行くので
そのついでに道を見てみてほしいと頼んでおきました。
どこかに落ちているだろうから。



それからその日一日が大変だったんですよ。



会場にいても、「眼鏡カバー」のことが頭から離れない。
お客さんと話をしていればまだいいのですが、
話の最中にもカバーの映像がしつこく顔を出してくるんです。



おかげでせっかくの大仕事終了日だというのに
疲労とパニックでぐったりしたまま終わってしまいました。
わざわざ母にメールまで送って聞いたけど
見つからなかったというし。


最終日に会場にいらしたお客さん方は
私のことを見て何か感じられただろうか。

何も異変に気付かなかったなら万々歳なのですが。



※これはおそらく、
 私が元々フリーズ型の自閉だという点と関連しているでしょう。
 子供時代には特に顕著なのだけど、
 パニックになった時に絶叫して暴れるタイプと
 無言でフリーズするタイプといるようです。

 大暴れ型はある意味分かりやすいのですが
 フリーズ型は分かりにくく、結果的に対応が遅れたりします。





そして翌日。

夜が明けるのも待ち遠しく
朝一で探しに行きました。


で、なんと道端に落ちているのを発見した!


まるで命あるものを拾うように
大切に大切に拾い上げ
今度は絶対に落とさないようにと
持参のカバンに入れてその子を連れ帰りました。

もう人称使っちゃうよ。




よっぽど大事な眼鏡カバーだったのね、と
思われることでしょう。

ところが、実はぜんぜんそうではなかった

失くすまでは、です。



どこかに落とした、と分かった途端に
何が何でも拾いに行かなくてはならないと感じはじめたんです。


これね、自分で捨てたり
忘れかけているうちに消えていたりしたのなら
なんとも思わないんです。



ただで貰った大量生産の
不織布の眼鏡カバーが
客観的に見てどれくらいの価値のものなのかぐらい
私の理性が知っています。


ところが私の神経が
そう捉えてくれない。

「自分の意思と無関係になくなった」というだけで
そのカバーがとたんに大問題になる。
意識の一部を支配してしまうのです。





かくしていったんは行方不明になった
カバーちゃんですが、
先日ふたたび姿を消してしまわれました。
敬語が出てきたよ今度は。

外出先なのは確かなのですが、
どこで紛失したのかまったく分かりません。



ただ今回は、前回のように探しには行っていません。


タダで行ける場所ならともかく
さすがに交通費を往復数百円払ってまで
探しに行く気にはなれないので・・・。

それでも帰宅してからというもの
ずっと心の中にもやもやとカバーの姿がうずまいていて
どうにも意識を切り離せないでいます。



これはもう、死期を悟ったカバーが
自ら姿を消したのでしょうね。
そうに決まっています。

死んだとでも思わなければいつまでもこの状態で
私自身がヤバイし、
いなくなったの二回目だもんね。


カバーさんのご冥福をお祈りいたします。
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テーマ : 発達障害 - ジャンル : 心と身体

コメント

合掌

カバー殿のご冥福をお祈りいたします。
そこまで思ってもらい、きっと幸せに成仏なされた事と思います。
カバー冥利に尽きると言ったところでしょうか。
物に対する愛も、忘れずにいたいものですね。

Re: 合掌

福岡さん、追悼のコメントをありがとうございます。
今はカバーの冥福を祈るばかりです。

モノへの愛というのはなかなか予測不可能な形で現れるようです。
まさかメーカー側も、眼鏡ではなくカバーでここまで大騒ぎした顧客がいるとは思いますまい。

No title

頭では分かっていても、なくした眼鏡カバーが気になってしょうがないという今回の(といっても一月ほど前の記事ですね)話、私の勝手な推測では、過去のトラウマが影響しているのではないかと思います。

昔、何か大切なものをなくしてしまった、その「何か」と今回の眼鏡カバーとに何かしら共通したイメージがあったために、頭から離れなくなってしまったのではないでしょうか?

不織布の眼鏡カバーと似たようなものって何だろう? と考えていると、なんと思い当たるところがありました。

以前ブログで、小さい頃に風船をなくしてしまったことがトラウマだと書かれていた(2015年4月16日の記事)と思います。
その記事と今回の話は深いところでつながっているのではないでしょうか。

風船と不織布の眼鏡カバーって、ふわふわと軽くて袋状のものという点では似ていないことも無いような気がします。

まったくの見当外れかもしれませんが(笑)

Re: No title

yuji様、初コメントありがとうございます。
また以前もお読みくださったことに重ねてお礼申し上げます。


さすがにそろそろ、眼鏡カバーへの執着は消えてまいりました(笑)

もしかしたらおっしゃるとおり、すでに記憶から抜け落ちている失くしものと眼鏡カバーが似ていたのでしょうか。
謎が深まりますね~
風船との共通点については思いつきませんでした。あれは失くした時の様子もよく覚えているのです。

No title

お返事ありがとうございます。
ですが初コメントではありません。二月ほど前に一度書かせていただいたことがあります。

過ぎたことを思い出させてしまったのではと送信してから少し反省しましたが、眼鏡カバーへの執着は薄れているとのことで安心しました。

Re: No title

yujiさん
失礼いたしました。
以前、夜中に目が覚めた時に「切り絵のような模様が見えた」と書いた記事にコメントして下さった方ですね。
お気遣いありがとうございます。

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