反戦・社会派アートのジレンマっていうの?

新作部分。
twins162290001.jpg



反戦アートにつまらない作品がある、
という話を書いたら
たくさんの方から賛同の声をいただきました。

ありがたいことです。


さて、その声にはげまされつつ
反戦アートを含む社会派アートについて
前から思っていたことを。


俗に言う社会派アートにも
けっこう同じことが言えるので。言いにくいんだけどね。





社会派アートの原理でもあるのが
「起こった事件をすぐテーマにする」というもの。



別に不自然ではありません。
「社会派」であるためには
世の中で起こっていることに対してつねに敏感でいる必要がありますから。




でも時々思う。




戦争が起これば戦争ネタ、
地震が起これば地震ネタ、
原発が火を噴けば原発ネタって


あまりに節操がなくないかい??





たったひとつの戦争、たったひとつの大地震、
たったひとつの原発事故だって
テーマにすれば一生つきつめて考えるべき内容をはらんでいないでしょうか。
それだけ重いことではないでしょうか。
少なくとも私はそう思ってます。



人が一生の間に描ける作品なんて
そんなに多くないはずなのに、
世の中で何かあるたびにテーマをころころ変えて
どこかに到達できるものなんでしょうか・・・。

実際、そうやってころころ変えていって
どれも中途半端に終わっている例を
私は見ています。


それでも、毎回新しいことをやっているように見えるので
「すごいねー」という評価になるらしい。
「問題意識があるからすごい」らしい。



そうやって生み出されたのは、反戦アートでつまらない作品と同じ。
スローガンをとったらなにもなくなってしまう作品です。




表現するものが世の中になくなったとき
こういう人はどうするんでしょうね。

いらぬ心配までしてしまいます。
画家やめるんかしら。


「やめる」と断言しそうな人が実際にいます。




まあ、他人の制作について私が心配することも
考えてみたらないわけで。
てめえなんかすっこんでろと言われたらそれまでです。




ただ、一つだけ意識していたいと思うこと。



もし世の中で起こっている不幸を
なるべく新鮮なうちに調理して作品にして出すのが
社会派だったとしたら、
それだけが社会派アートだとしたら、

それは必然的に不幸を待ち望むアートになるということです。



不幸を告発するためのアートが生まれるためには
ネタとしての不幸を必要とする
、という逆説が生まれるのです。


幸いなことに?世の中の不幸は途切れる間もありません。


しかし、何か大きな事件が起こるたびに
それっとばかりに作品化されたものを見るにつけ
上の逆説を考えずには居られません。
関連記事

テーマ : art・芸術・美術 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

No title

日々のニュースなんかから感じたことアートにするのにも「そのまま」なのはちょっと…。
ニュースにも様々な側面がある訳ですよね。


Re: No title

Naoさん、そうですよね。
誤報だったら・・・とも考えられますし、人間の作り出す現実はそんなに単純じゃないのに。

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)