自己満より心痛を選ぶ

私はなにをかくそう、
2年ほど前から心労&心痛が絶えない状態にあります。

なぜかって、常に制作において新しいことに挑戦しているからです。
そして挫折する方がはるかに多いからです。





挑戦する、というのは
一種の強さやずぶとさを示している行動のようだけど、
意外とそうでもない。

私のような人間も挑戦だけはしているから。






どうも私、神経が細いくせに根性だけはあるという性質らしく
何があっても結局は前に動き続けています。





いやでもね、
自分の世界だけで絵を描いている方が
落ち込むこともないし、
ほめてくれる人たちの中にだけいた方が楽なんです。



でもやっぱり心のどこかで思う。



「ここで満足していても仕方ない」と。





私の頭の中には
ちゃんとアーティストとしての理想像があって
それに近付きたいんですよ。
(その理想も非現実的なものじゃなくて
一応、段階をもうけています)



挑戦しなければ失敗もしないから
理想像の縮小コピーにはなりますけど
縮小コピーでは何だか、もっとみじめな気分になるんですね。



現役自閉症の私が言うのも妙な話だけど、
自分の世界だけで描いていると
表現が自閉的になる
―というのはほんと。



「田舎者より田舎臭いヤツ」が実際にいるように
「自閉症者より自閉的なヤツ」も実際にいるのです。




何を聞いてもまともな返答が返ってこない、という人がいませんか?
アート系なら特に。

仲間内ではそれで「スゲー」と見られていて、
本人もそれで、神聖なる自分の表現を守っているつもりのようです。


でも外から見たら、ただの分からない人になっちゃうよなぁ・・・




こういうケースでは、外に「分からせないこと」が
むしろ尊重される傾向にあるみたいですね。
彼らにとっては外の世界は「俗物の世界」であって
自分たちの世界だけが「神聖なる世界」なんです。

神聖なる仲間たちの集団で満足していれば、外の世界の反応を気にしないで済むのでしょうね。




私はこうはなりたくない。


人見知りなら赤ん坊の時にさんざんしたし、
外の世界をさげすむのなら中二病時代にやった。(バカでした)

画家として活動している今は、
もうそこから脱却する時期なんです。


だからどんどん外に広がっていきたい。



ただ心配は、心痛に見合っただけのものが
手に入るかどうかなんだけど・・・・

テーマ : art・芸術・美術 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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