名前を言えないあの場所が

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名前を言えなくなったあの場所
海外サイトの「世界で最も恐ろしい心霊スポット10選」に入っていました。



説明にいわく
「ここに足を踏み入れた者は
抵抗できない不吉な予感や憂欝に襲われ
突然泣き出してしまうこともある」 うんぬん。



・・・
幽霊関係なくそうなるんじゃないか??





逆に、そうなってくれなきゃ人間としてまずいでしょ。
あれをヘラヘラ笑いながら見られたらたまったもんじゃありませんよ。
誰の立場で言っているのか突っ込まれそうだけど、そう思う。

私はいじめられっ子だったから
当時のユダヤ系の人たちとかに一方的な思い入れがあるんだろう。





心霊スポットというと何やら不謹慎なイメージがつきまといますが、
考えてみたらこういう場所が心霊スポット認定されるのは
なんらおかしいことじゃない。


心霊スポットというモノ自体が
人の不幸をもとにして誕生しているのだから。

どこかの誰かの大きな不幸を知った人が
その誰かの怨念を恐れる気持ちを抱くようになり
軽い気持ちでその場所に行ってはダメだ、といういましめを込めて
特定の場所に「出る」ことにする・・・

怨念やたたりを恐れるのは、
たぶん人の根源的な罪悪感や恐怖から来ているんだろうな。





心霊スポットには歴史上出来事と深く重なるものも多くあり
(ロンドン塔とかカタコンベとか)、
やっぱりというべきか
戦争に関連するものもよく心霊スポット認定されます。

人間が不幸な形で一度に大勢亡くなるきっかけといえば
やっぱり最大のもののひとつだものね。


そう考えると名前を言えないあの場所が
心霊スポットと言われるのも
やっぱりおかしくはない。





私が気になるのは、
もしそこに本当に幽霊がいたら
幽霊さんたちは生きている人に対してどうするのか
ということ。


私が考えるに
ああいうひどい死に方をした人は
その代償として間違いなく天国にいるはずなので
悪いことをする心配はまず、ないと思う。



もちろん、怨念を抱いて死んだ人も大勢いたでしょう。
戦争関連で死んだ人はなぜか自動的に
「平和を祈って死にました」と決められてしまうけど、
それは後の世界を生きる者のただの願望である気がします。

特に子供の犠牲者とか。
女の子だと特にそうかもしれない
(なぜか犠牲者としてクローズアップされるのは女の子が多いみたい?)。

悲劇の美少女はあくまで
清らかな心のままで死ななくてはならない――という願望。





でも、亡くなった時にどのような精神状態だったかまで乗り越えて
ほぼ全員は天国にすぐ行けたんだと思います。
それでなかったら私にとって信仰の意味はないよ・・・


天国にいるのがなぜ地上に出るんだ?と言えば
それはたぶん、ときどき地上に戻って
ナビゲーターをつとめるか
見に来た人たちが忘れないように念を送る(記憶に残す)役目をしているんだろうと。




見学者がいじめられっ子だったりしたらどうなるんだろう。


怪談だとよく「死者が気に入った人を向こうの世界に連れていく」
なんていうのがありますね。
でもこれに関してもありえないと思っています。
連れて行ったところで天国だし。それじゃ怪談にもならない。



たぶん幽霊のほうで共感することはあるはずだろうし
見学に行った人が死者に共感することもあるはずなんです。


そのおかげで、生きている側がもっと強くなれたりすることはあると思う。




私は自分が過去に見たことと
死者たちが生前に体験したこととの間に
相似の関係を見出した。

それが制作の面でテーマ的にも題材面でも
かなりの原動力になっているのは明らか。


もし、相似の関係を見出せなかったら
ただの怨念のかたまりでろくなこともできないままだった。




だからそういう意味では
幽霊と友達になった方がいいのかもしれない。

テーマ : 今日のつぶやき。
ジャンル : 日記

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プロフィール

探究者ニキ

Author:探究者ニキ
安藤ニキ
神奈川県横浜市生まれ、
慶応義塾大学文学部哲学科卒業の画家。
油彩・版画・ドローイングなど表現方法はさまざま。たまーに漫画も描きます。
作品のお問い合わせはnikiあっとando-kobo.jpへお願いいたします。

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