怨霊と聖人のはざま

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名前を言えなくなったあの場所が心霊スポットになっていた。
という話を海外サイトで拾ってきました。前回のお話。



実は日本でも、広島市の原爆ドーム周辺が
ときどき心霊スポット認定されていたりします。




ちょっぴりへえ!と思ったことには
原爆ドームや平和記念公園でなく
似島を心霊スポットとして紹介しているサイトがあったこと。

負傷した人の多くが送られて、そこで亡くなったため
霊魂がそこにとどまっている・・・という理由らしい。ホンマカイナ。





そういえばつい先日、オバマ大統領の歴史的訪問が実現しましたね。
何かあったという話も聞かないので
本当は心霊スポットではないのかもしれません。
もしくは、幽霊さんたちも喜んでくれたのかもしれません。


もし本当に、怪談で言われるように
死者が怨霊になったりするのなら
国家元首なんて一番のターゲットになりかねないですから。




ところで少々、不思議に思うことがあります。



戦争で亡くなった人は
なぜか自動的に「平和の使者」「平和を望んで亡くなった尊い犠牲者」
もしくは「国家のために命をささげた殉死者」
ということにされる一方で、
死亡者がたくさん出た場所は心霊スポットになる。



これ、考えてみたら微妙に矛盾してるんですよ。



なぜなら、前者を立てれば後者が立たず・・・
みたいな感じになるからです。



前者であれば、自らの死に納得いかない思いを抱いては
いないはずなので
化けて出る理由はない。


後者であれば、亡くなった人たちは怨霊と化しているわけで
とても「平和の使者」とか「殉死者」とか
麗しい言葉でほめたたえられる存在ではなくなってしまいます。

むしろ忌むべきものですよね、怨霊なら。





私が考えるに、
生きている側の願望と本音をあらわしているんじゃないかしらね。


「みんな平和のために犠牲になってくれたんだよね」
「国家のために命をささげて、満足して死んでくれたんだよね」
「今の世界を見て喜んでくれているんだよね」
「だから恨んでなんかいないよね?」


ということにしつつも


「でも・・・やっぱり祟られたら怖いなあ・・・」

と、ついつい考えずにはいられない。




もしかしたら両方とも、人の根源的な“死者を恐れる心理”から
来ているのかもしれません。




で。
「祟り」のほうは分かるとして
私は前者の行きすぎがどうもピンとこないたちです。




だってそうでしょう、
第一、戦時中の人がはたして本当に「平和」のために亡くなったのかどうか。


私の家には「横浜の空襲と戦災」という本があって
当時の人々の日記や手紙も掲載されているのだけど、
終戦の日を見れば
「なぜ最後まで戦わないのか」
「次の戦争には絶対勝たなければなりません」などと普通に書いています。

亡くなった人たちだって似たような気持だったんじゃないでしょうか。



そもそもどの国の人だって
挙国一致体制が日常だったんですから
「平和って何??」状態のほうが現実だったのでは・・・




名前を言えないあの場所で亡くなった人たちだって
第一次大戦でドイツ軍として戦ったことを誇りに思っていた
(だからなおさら、自分の境遇が信じられなかった)人が
かなりいたらしい。




だからといって「国家のために死んでくれたすばらしい人々」と
手放しで喜ぶこともできないです。

これは“どこの国か”に関係なくそう思う。
“正義”や“名誉”で
その裏にある悲惨を救うことはできない、というのが私の考え方なので・・・

本人が救われているなら異議をさしはさむ気はないけど
第三者まで勝手に救われるようなことなんだろうか。





「平和の使者」にしろ「国家の殉教者」にしろ
その死を「何かのための犠牲」として
やたらと美化されている点は似ています。


私はこの奇妙な“屈託のなさ”にどうもモヤモヤするんです。
見られたくないものを隠すために過剰に美化することは
よくありますからね。




特に「平和の使者」のほう。

中には戦争に本気で反対していた人もいるでしょう。
でも、そういう意見をまるで「犠牲者の代表」のように語るのは
どうなのかな・・・


その意味で画家の丸木俊さんは人間を単純に考えすぎだと思う。
私は人体表現の極北として俊さんの絵を
深く尊敬していますが、
亡くなった人が全員、平和を願っていたなんて
とても言えないでしょう。

テーマ : 今日のつぶやき。 - ジャンル : 日記

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