色のない向日葵について

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個展プルガダイス2016」より
とあるお客さまの元へ旅立った【“白い向日葵5” 2016年 油彩 F8号】



どうも、ニキです。
横浜での個展が終わってもその後の仕事がすごいので
気が遠くなりそうですが、コツコツやってます。
只今パソコンの住所録機能を使って、来場者一覧を制作中。



今回の個展では向日葵の絵がインパクトあったみたいで
毎日かならず、向日葵シリーズについて訊いてこられる方がいました。




新聞の取材でもお話したとおり
向日葵と言えば明るいイメージが強いですが、私の中では八月のであり
八月と言えばやっぱり終戦記念日その他ですからね。
原発事故の後にも向日葵が大量に植えられたりしたそうですよ。

これは話に聴けば、2011年の日本だけでなく
チェルノブイリのあとでもそうだったらしい。


そんなわけで、どうも向日葵のダークな面のほうに目が向きます。




日本アンデパンダン展にもときどき、向日葵をモチーフにした絵が出ています。
原発に対する批判をあらわすために描いたものもありました。

その作品ではあきらかに
「金色に咲いていた向日葵が枯れた状態」として描かれていました。



ところが私の中には、たぶん「金色に咲いている向日葵」自体のイメージがない。


向日葵のアイデアが浮かんだのが2007年でしたけど、
浮かんだ時点ですでに白い向日葵しか出てきませんでしたから。

本来あるべき向日葵の姿は知っているのに、私自身が描けないんです。




枯れた向日葵の姿に「を宿している意味」を見出した方もいました。
は枯れた状態であるけれど、地に落ちたは新しい生命のもとになる、と。

ここから聖書の「一粒の麦」のたとえを想起することも可能になってきます。


一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それは一粒のままである。
しかし死ねば多くの実を結ぶ」という聖句です。
小学校の時に毎年、暗唱させられたのでよく覚えています。
信仰のために命を捨てる人間になれと教わりました。




実を言うと私、「」という発想については言われて初めて気がつきました
(^^;)





枯れた向日葵を鉛筆で毎日毎日描いていたわけですから
がぎっしり並んでいるところも細密描写でやっていたのです。

でもその「の意味」が私の中に浸透していなかったんです。
本体は死んでも命は伝えられる、という「意味」が。



私が多くの向日葵を描きながら抱いていたのは
枯れたまま石化したように立ち続ける向日葵のイメージであり
によって生命を伝えるのではなく、モニュメントと化して残り続ける本体のほうでした。



今までそういうイメージだけ持っていたのですが
「種」の意味についてお客様から教えられたので
これをきっかけにまた向日葵に違う意味合いがでてくるかもしれません。

テーマ : art・芸術・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

探究者ニキ

Author:探究者ニキ
安藤ニキ
神奈川県横浜市生まれ、
慶応義塾大学文学部哲学科卒業の画家。
油彩・版画・ドローイングなど表現方法はさまざま。たまーに漫画も描きます。
作品のお問い合わせはnikiあっとando-kobo.jpへお願いいたします。

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