訃報 エリ・ウィーゼル

エリ・ウィーゼルが亡くなったそうです。


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ネットで検索して一番気に入った写真を引用。出典はこちら




トランシルヴァニアのシゲット出身のユダヤ系文学者。敬虔なユダヤ教徒の家の生まれ。
ホロコーストで両親と妹のツィポラを失いました。
私が名前を言えないあの場所からブーヘンヴァルト収容所に移送され(おそらく「死の行進」で)、そこで解放。(※)
自分の強制収容所体験を題材にした証言文学「」が一番有名です。
1986年にノーベル平和賞受賞。



(※)「名前を言えないあの場所」というのは、ポーランド南部にあった誰でも知っている場所。
  子供のころに記録とかを見ているうちに名前を言えなくなりました。
  ほかの収容所の名前なら、わりと書いたりしゃべったりできるんです。なぜなんだ・・・






2011年の震災の後で、同じく証言文学者のフランクルが書いた
と霧」がベストセラーになったけど
ウィーゼルの「」ももっと読まれてしかるべき本だと思う。あとプリ―モ・レーヴィもね。
(「」は自分の体験をもとにした小説、と呼ぶべきなのかな?完全にノンフィクションというわけでもないらしい)



フランクルの著作の中で強調されがちな、「いい話」の部分では
絶対に救い得ない部分がこの本には出ています。



「父の墓のもとでの祈りはあげられなかった。父の霊のための蝋燭は点されなかった。
父の最期のことばは私の名前であった。呼ばれたが、私は答えなかったのであった。」






今まさに精神の泥沼の中を這いまわっている人、
自分には「いい話」だの「教訓」だの
「心が明るくなる話」だの、そんなもの役に立たん。いらねーわ!!!・・・って人におすすめです。


暗黒を暗黒として提示する表現のみが、暗黒から真に抜け出す力となりうるという、
背理のようだけど実際にあったことです(私に)。





個人的に特に訴えたいのだけど、信仰に挫折した人に読んでほしい。昔の私みたいに。


私は「」をかなり個人的に読みました。というか個人的な部分にずいぶん響いてきました。

それはおそらく、私自身が12歳でキリスト教の信仰を捨てた子供だったから。



エリ・ウィーゼルも、10代で最も重大な信仰の危機を体験し
そのことは「」の全編に出てきます。





「しかしなぜ、私が〈彼〉をほめたたえる気になれようか。私のありったけの神経線維がいっせいに反抗した。
〈彼〉が幾千もの子どもをご自分の穴の中で焼かせたもうたからなのか。〈彼〉が、サバトの日にも祭日にも、
を問わず、六つの焼却炉を活動させたもうたからなのか。」

「今日、私はもう嘆願してはいなかった。私はもう呻くことができなかった。
それどころか、私は自分がとても強くなったように感じていた。私は原告であった。そして被告は――〈神〉。」






あー、これ同じだわ。
子どもの頃の私と同じ。

一番救いを必要としていた時に救われなかった。その答えはいまだに出ていない。




「夜」を購入して集中的に読んでいたのは2012年~2013年にかけて。
それでなくとも、この時期ずいぶんと証言文学を読んだなぁ。レーヴィを再読したのもこの時期。


なぜ覚えているかというと、
2012年の秋にBlack Sabbathのアルバム「Dehumanizer」を買ったため
アルバムを再生しまくっている時期と
証言文学を読みふけっている時期が重なり
両方のイメージが頭の中でどうにもオーバーラップして困っていたからです。

それでなくてもあのアルバムにはかなり“連想させる”色が濃い。



ウィーゼルの生き方には批判もありました。
ユダヤ人だけを特別上等の被害者にしている(本人もそう断言していた)、同胞の悲劇を利用して儲けた、
自分の体験をネタにしてこれまた儲けた、など。


それについては私に語ることはできません。



もしかしてウィーゼルは、自分の子供時代に復讐しているつもりだったのかもしれません。


彼ははたして救われたんだろうか。それだけが気になります。


ただ、今のウィーゼルがすでに安らかな世界にいることは間違いない。





↓「Dehumanizer」の中で特に“連想させた”曲(実際のテーマは別にそうじゃないらしい)
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Tag : エリ・ウィーゼル 訃報 ユダヤ ホロコースト 信仰 BlackSabbath

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