生きるに値しない命

32年間生きてきてようやく気付いたことがあるので書いておきます。

相模原の障害者殺傷事件を受けて
「すべての命は存在するだけで価値がある」という言葉がよく出てきています。

考えてみたら
私は自分についてこの言葉を実感できたことが、ただの一度もない。


小学校では毎日「死ね」と言われていたし、
家では現代日本の本州に生まれ育った日本人だというだけで
生まれながらの侵略者・生まれながらの罪人・存在する価値もない穢れた人間だという言説に囲まれて育ったし、
いまだに自分が「生きていていい命」なのかどうかさえ分からない。





私が囲まれて育った言説は、まとめると次のようになります。


この世界には「歴史的被害者」「社会構造の被害者」というカテゴリーがあって
そのカテゴリーに当てはまっていればいるほど
生まれながらにして高貴な人間であり、

逆に、そのカテゴリーに当てはまらなければ
すなわち「生まれながらの加害者」であり
本人がどういう人間であるかにかかわりなく低級なのだと。


アメリカでいえば、昔のサミー・デイビス・ジュニアのような人
(黒人でユダヤ系だった歌手)ほど
すばらしいということになります。




雑誌や本や小冊子・テレビにあった具体的なものと、子供の私の反応を並べてみましょう。



・縄文人は平和な民族だったのに、弥生人が虐殺したために地方に追いやられた。縄文はすばらしいけど、弥生人もその子孫も野蛮な民族だ。縄文文化も弥生文化よりはるかにすばらしい。

 →顔から見るに私は弥生人。ごめんなさい




・かつてアイヌは日本全土で平和に暮らしていたのに、和人に虐殺・侵略されて北の果てに追いやられた。そののち和人は北海道まで侵略した。和人の子孫はすべて罪人である。

 →和人でごめんなさい





・真の日本人は北海道と沖縄にしかいない。北海道のアイヌと沖縄の琉球民族だけだ。
 ほかはすべて、どこの馬の骨とも分からぬ渡来人の子孫だ。真の日本人ではない。

 →私、神奈川県生まれだ・・・




・発展途上国の子どもたちはなんと輝いた瞳をしていることだろう。先進国の子どもはみんな、こまっしゃくれた可愛げのない子供ばかりで、受験だのゲームだの、つまらないことにばかり熱中している。

 →真剣に生きているけどだめですか?




・先進国は発展途上国を犠牲にして繁栄している。先進国の人間は生まれながらに罪人である。

 →私、先進国生まれだ・・・





・アメリカは世界中に害悪だけを撒き散らしている国家だ。そのアメリカと同盟を結んでいる日本の国民も、アメリカがかかわったすべての犯罪の責任を負うべきだ。

 →私、日本人だ・・・




・沖縄は文化・人間性・芸術性・精神性すべてにおいてすばらしい。本土はそれらすべてにおいて劣っているくせに、沖縄を収奪して生きている。

 →ヤマトンチュでごめんなさい



・先住民こそ優れた民族である。今、世界で覇権を握っているのは侵略者の子孫である。野蛮な劣等民族が長年、世界を支配してきたのだ。

 →先住民じゃなくてごめんなさい




・少数民族・先住民・在日外国人・部落出身者などの"構造的被害者"は、それだけで好きにならなくてはいけない。逆に、このカテゴリーに入らない人間は何をしても評価に値しない。

 →私は上のカテゴリーに入っていない
 重病を抱えたうえ小学校6年間いじめ被害者だったのに、学校も休まず勉強もさぼらなかった私もだめなんですね。





・これらはすべて正論であり、正義である。よって受け入れなくてはならない。
 歴史的被害者や構造的被害者には、何を言われても相手が正しいと認めなくてはならない。

 →何も言えない




・・・これくらいにしておくか。





私は自分の出自・境遇を考えてみて
間違いなく「生きるに値しない命」だと思いました。
言ってみれば、太宰治が自分の出自を呪ったようなものです。




ほんと、子供のころから疑問だったんですけど
死ななくていいですか私。




日本人だけど死ななくていいですか。


アメリカの同盟国の人間だけど死ななくていいですか。


先進国の人間だけど死ななくていいですか。


自然の中で暮らしていないけど死ななくていいですか。


先住民じゃないけど死ななくていいですか。


弥生人の子孫だけど死ななくていいですか。


アイヌじゃないけど死ななくていいですか。


在日外国人じゃないけど死ななくていいですか。


部落出身者じゃないけど死ななくていいですか。


沖縄の人間じゃないけど死ななくていいですか。


諸悪の根源と言われているキリスト教を信じているけど死ななくていいですか。


・・・


節子 それ考えすぎや




今でこそ考えすぎか?と思えますが
当時はそれが「常識」「正論」「正義」でした。


もし「死ぬべきだ」と言われたら
今だったら拒否しますけどね。

死ぬ時は自分で死にますよ。




ただね、
「生まれながらの罪人」という言葉を、少なくとも私は自分が考えられる限り
最大級の重さをもって受け止めました。



外国で日本人がテロや犯罪の犠牲になるたびに
「殺されたって仕方がない」という言葉に雑誌や本でぶつかってきたし、

上でも書いたけど"歴史的・構造的被害者"の言うことはすべて受け入れるようにという教えを
これも雑誌や本で読んできましたから。
それは私の、ひいては現代日本の(北海道の一部と沖縄以外の)人の生まれが罪を背負っているからだそうです。




それで社会運動や人権活動にかかわるようになったかというと
それができなかった。私個人があまりに問題を抱えすぎていたから。

学校でのいじめ問題は絶えることがなかったし、
肉体的な病気のために外出もままならなかった。
こういう環境だったせいか、10歳で鬱病の症状が出始めた。

なにより、上のような言説を黙って受け入れなくてはならないことに
次第に疑問を持つようになった。
おまけにその疑問を口にできないから、すべて「自分が悪い」で片づけるしかなかった。





じゃあ、いっそのこと過去の反動から
生まれに誇りを持つ方に行ってはどうか。


それもできないんですね。




なぜって、「高貴なる被害者」のカテゴリーに入っている人たちも
実は普通の人間だということに気付いた上
高貴とはほど遠い実態を見たこともあるからです。

それで、あー生まれって関係ないんだわと。




それで結局、個人としての価値を手に入れるしかないというところに到達しました。

自分が「生きていていい命」だという「理由」を
ゼロから自分で創り出さないといけなかったんですよ。
制作量が異様に多いのもそのせいでしょう。

私が人から惜しまれるほどの画家になったら
少しは生きていていい理由になりそうなものですからね。





「生まれながらの属性はその人の価値と関係ない」といいますが、
そうであってほしいと心から思います。
世間一般で言う差別とは180度逆を向いた形ででしたが、私も生まれによる判断に囲まれてきた人間ですので。

テーマ : 今日のつぶやき。
ジャンル : 日記

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プロフィール

探究者ニキ

Author:探究者ニキ
安藤ニキ
神奈川県横浜市生まれ、
慶応義塾大学文学部哲学科卒業の画家。
油彩・版画・ドローイングなど表現方法はさまざま。たまーに漫画も描きます。
作品のお問い合わせはnikiあっとando-kobo.jpへお願いいたします。

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